2021年 チリの労働事情

2021年9月24日 報告

 国際労働財団(JILAF)では、来日交流が新型コロナウイルス禍で困難なことから、「オンラインプログラム」により、日本の労働事情や建設的な労使関係について学んでもらう2年目の取り組みを行っている。中南米チームとの交流については、スペイン語部(アルゼンチン、コロンビア、チリ、パラグアイ、メキシコ)、ポルトガル語部(ブラジル)に分けての対応となった。
 以下は、参加国・参加者から提出されたそれぞれの労働事情報告の特徴的概要をまとめたものである。

 

基本情報

 チリは南米の南西部、アンデス山脈の西側に位置し、南北約4630キロに及ぶ細長い国土となっており、その広さは約75.6万平方キロ(日本の約2倍)である。人口は約1895万人、その75%はスペイン系であり、その他の欧州系が20%、先住民系が5%という構成となっている。政治体制は立憲共和制である。この間、1973年にクーデターによってピノチェット軍事政権が発足するも、1989年の選挙に敗れ、1990年に民政移管が行われるなど、紆余曲折を経て今日に至っている。経済は輸出で成り立っており、輸出品目の第1位は銅(生産量世界一)であり、第2位は農業関連品目(果物や野菜、ワインなど)が上げられる。チリの経済規模(GDP)は2528億ドル(2020年)、実質GDPは▲5.8%(2020年)、物価上昇率は3.05%(2020年)、失業率は10.7%(2020年)となっており、新型コロナウイルスの影響が大きな影をおとしている。
 労働者を束ねる最大のナショナルセンターはチリ中央統一労働組合(CUT)で、約70万人の組合員を擁している。

  • *主な概要は外務省情報による。その他にジェトロ情報、ウィキペディア、JILAF基本情報、報告者情報などを参考にした。

◇現場からの報告

[労働事情全般] 経済危機で大きな打撃を受けた労働者-遅く不十分な政府の支援

 ほぼ40年間の景気後退の後、今年の経済成長率は中央銀行によると6%から7%と予
測されている。しかし、労働部門の現状は異り、最悪の危機の状況からは改善されているものの、完全な回復はまだほど遠い。
 チリでは世界の他の国々と同様に、医療危機が経済危機に発展し、給与所得労働者が最も大きな打撃を受けた。政府が採用した措置が生んだ問題に対して、給与所得者は自分たちができることで対応するしかなかった。政府は労働保護法を発布したが、国の労働者の失業保険基金を使い、企業の資産を守るだけのものであった。政府が提供すべき 直接的な支援策は遅く不十分なものであった。チリの家庭の要求に対処するために議会は法律を制定したが、現役労働者および年金生活者のための積立年金を使ったため、多くの場合、基金が底をついてしまった。全てのチリ国民を対象とした緊急家族手当(IFE)の実施は遅すぎ、多くの家族が抱えているニーズをカバーするには不十分な財源であった。失業者の増加や雇用不安から、精神疾患・ストレス・パニック障害・神経性アレルギーなどの疾病が国民の間で増加し、最近では特に深刻化している。

[労使紛争の背景・経過]
パンデミックがもたらした雇用危機-欠如した国民や働く人を守るという価値観

 パンデミックが始まって以来今日まで、チリでは雇用保護の面での後退が進んでいる。大企業のみを利し、多くの零細企業や中小企業を苦しめる措置により、事業所の閉鎖または多くの労働者の解雇を生むこととなった。従って、この雇用危機に直面しての主な闘争は雇用の回復であり、労働者に雇用の安定性をもたらすことである。
 こうして労使紛争が発生しているが、その背景にあるのは、社会に与えるパンデミックの様々なマイナス影響(事態)である。まず、外出制限措置によって多くの部門が影響を受けたことである。最も大きな打撃を受けたのは、観光・レストラン・ホテル・運輸・その他のサービス部門である。長期に渡って事業を再開できる何らかの確証がなければ、再雇用が保証されないということである。次に、テレワークやリモートワークの乱用により、基本的な権利・労働安全衛生・職場の健康と安全に対する侵害が繰り返されているという事態である。このような働き方は、家庭のプライバシーの範囲と、仕事に関して果たすべき責任や義務の範囲を明確に定めることができないため、権利の侵害となっている。3つ目には、国民への新型コロナワクチン接種戦略が定まらないことから、未だにワクチン接種を受けていない人が多いということである。そして4つ目には、教育機関のインフラが整っておらず、明確な実施プロトコルがないため、対面式の授業を再開することができていないことである。通学させないことの代償を理解していても、子どもを感染クラスターの危険にさらしたくないという家族のストレスは深刻になっている。百万人もの子どもたちが学校に行っていない。裕福な家庭の子どもたちは対面式の授業に復帰している。その結果、格差が生まれ、より深刻な不平等を生んでいる。5つ目に、民間部門の企業で衛生プロトコルが順守されていなかったということである。そのため労働組合は数百件の抗議や告発をおこなっている。パンデミックが発生した当時、企業は事業を継続させるために、事業活動を拡大させたが、国が機能するために不可欠なプロトコルは順守されていなかった。また、公共交通機関を利用することにより、多くの国民が日々感染の危険にさらされることになった。公共交通機関では、現在でも、感染拡大を防ぐ社会的な距離は保たれず、恒久的な衛生対策もない。
 以上のように、国や企業に、パンデミックや経済危機から、国民や働く人を守るという基本的な価値観が欠如していたと言わざるを得ない。

[労働者の要求とその結果]
要求満たされず、依然続く対立-無くなる社会の安定帯たる中産階級

 組織化された労働者側からの主な要求は、雇用の安定の確保、および貧困ラインを上回る尊厳ある最低賃金による購買力の維持、更には、政府に対して中小零細企業向けの賃金補助対策または計画を要求し、中小零細企業が既存の格差を解消し、中小零細企業が生み出す労働力を維持することである。しかし、政府や大企業の組合によってこれらの要求は拒否され、提案された措置は却下されたため、労働争議が拡大している。この間、大企業の多くは、解雇・アウトソーシング・労働力の非正規化によって利益を維持している。これは、パンデミックによってもたらされた現在の経済危機だといっても過言ではない。
 こうして労働者の要求が満たされないため、依然として対立が続いている。政府は問題の根本的な解決を目的とはしない法律の制定を試み、我が国の医療や経済の現在の危機をいたずらに招いている。しかも、そもそも社会の根本にチリの不平等を助長する格差の存在があり、事態を深刻ならしめている。また、社会の安定帯として重要な中産階級が不安定化し、存在しなくなっているということも見逃せない。これは、今般のような危機に際しても、中産階級を守る公的な政策がないがための結果である。この階級が国から見捨てられた孤児のようであり、経済的利益を守ることに躊躇しない支配階級から見捨てられたと感じていることは、社会における深刻な兆候のはずなのだが。

[労組の新型コロナ対策]
CUT新型コロナ対策のパッケージを提案-中途半端な対策に終始する政府

 チリ中央統一労働組合(CUT)は、医療危機と経済危機に立ち向かうために、明確な理念と具体的な提案により貢献することを目的として、2020年3月に対策パッケージを発表した。CUTは、我が国の家庭や何百万人もの労働者に悪影響を与えることなく、最善の方法を見つけようとする意志を政府に託した唯一の機関であった。しかし、政府に聞いてはもらえなかった。以降、CUTは意見や対策を提案し続けているが、政府は耳を傾けようとせず、中途半端な対策の実施や遅れての対応に終始している。

[労働事情トピックス] 労働者にとって関心の高い労働法の改正、賃金法の改定

 現在チリの労働者にとって特に関心の高いテーマが2つある。1つは、正規労働者の労働時間を週40時間に短縮する法案を成立させるという、尊厳ある生活を求める上で重要と考えられる政策の要求である。もう1つは、新憲法の草案作成であり、これは以前とは異なったチリを考える可能性を開くものである。この件に関してチリ中央統一労働組合(CUT)は、ILOが提案するディーセント・ワークの権利を新憲法に明記するための活動を優先課題としている。