2021年 ブラジルの労働事情

2021年9月24日 報告

 国際労働財団(JILAF)では、新型コロナウイルス禍での来日交流が困難なことから、「オンラインプログラム」により、日本の労働事情や建設的な労使関係について学んでもらう2年目の取り組みを行っている。中南米チームとの交流については、スペイン語部(アルゼンチン、コロンビア、チリ、パラグアイ、メキシコ)、ポルトガル語部(ブラジル)に分けての対応となった。
 以下は、参加国・参加者から提出されたそれぞれの労働事情報告の特徴的概要をまとめたものである。

基本情報

 ブラジルは南米大陸で最大の面積を有し、東・南部に位置して大西洋に面している。その広さは851.2万平方キロ(日本の約22.5倍、世界第5位)、人口は約2.1億人で世界第6位の規模である。構成する民族は、欧州系が約48%、アフリカ系が約8%、東洋系が約1.1%、混血が約43%、先住民が約0.4%となっている。(ブラジル地理統計院2010年)言語はポルトガル語、宗教はカトリックが約65%を占め、プロテスタントが約22%、無宗教が8%となっている。政治体制は連邦共和制(大統領制)である。産業構成(GDP比)は、サービス産業が65%を占め、続いて工業部門が21%、農業部門が7%だが、労働人口の約19%が農業に従事しているのが特徴となっている。世界有数の農業大国いわれる所以であろう。世界一の生産を誇るコーヒー豆を始め、大豆、サトウキビ、オレンジ、畜産業では牛肉、鶏肉を多く産出している。鉄鉱石や石油なども輸出に供しており、乗用車や航空機といった技術工業製品も重要な輸出品目となっている。最近の経済状況だが、過去の巨額対外債務を克服し、成長を確保している。ここへきての新型コロナウイルスの影響で弱い内需となってはいるが、景気は意外に堅調だという。しかし、ボルソナロ政権の舵取りへの不安もあり、先行きが懸念される。ブラジルの経済規模(GDP)は1兆8850億ドル(2018年)、実質GDP成長率は▲4.06%(2020年)、物価上昇率は▲0.31%(2020年)、失業率は11.9%(2020年1~3月の3ヵ月平均 ブラジル地理統計院)となっている。
 労働者を束ねる主なナショナルセンターは、ブラジル中央統一労働組合(CUT-組合員数約793万人)、ブラジル一般労働組合(UGT-組合員数約490万人)、ブラジル労働組合の力(FS-組合員数約600万人)の3組織である。

  • *主な概要は外務省情報による。その他にジェトロ情報、ウィキペディア、世界経済ネタ帳、JILAF基本情報、報告者情報などを参考にした。

◇現場からの報告

[ブラジル中央統一労働組合(CUT)2つの報告]

〈報告1〉

1.かつてない不安定な労働状況-拍車をかけるパンデミック

 ブラジルの労働状況はかつてないほど不安定な状況にある。遡る2016年以降の改革という名の下に行われた労働者の権利を奪う動きは、組合に大きな課題を投げかけてきた。それは組合化率の低下であり、組合の弱体化、組合財政の脆弱化につながっているからである。そして、今日のパンデミックは、こうした状況に拍車をかけている。2020年に限っても、8000社以上の中小企業や大企業が閉鎖に追い込まれ、多くの失業者を生み出し、深刻な雇用問題が現出している。しかし、政府にこの状況を打開する明確な政策はなく、税率も高いことから、産業がブラジルから逃げ出している。
 かかる労働状況に対し、CUTをはじめとするナショナルセンターは連携して、雇用と労働法上の権利の維持を政府に要求している。しかし、解決には程遠く、闘いは続いている。
 同時に、パンデミックを契機に顕在化した在宅勤務やウーバー化などへの対応も求められている。

2.「腕にはワクチン、皿には食べ物を」-多くの命を失わせたボルソナロ政権の怠慢

 パンデミックが始まって以来、CUTブラジルは、常に社会的孤立を擁護し、仕事を失った人や家に留まっている人に、収入や財政援助を行うよう政府に働きかけてきた。また、「全ての人にワクチンを!」と訴えてきたが、その否定主義者であるボルソナロ政権は、常に科学的見地を否定し、ワクチンの入手を遅らせ、その結果として60万人の命が失われてしまった。CUTは「腕にはワクチン、皿には食べ物を」というスローガンを掲げ、闘争キャンペーンを続けている。しかし、今日ブラジルはボルソナロ政権の怠慢により、「飢餓地図(飢餓状態)」に陥っていることが懸念される。

〈報告2〉

1.改革という名の労働者権利の後退-ボルソナロ大統領の登場と危機の進行・拡大

 ブラジルの労働者は、いま暗黒時代に直面している。ここに至るまでに、過去2人の大統領による絶え間ない労働者からの権利を奪う試みがされてきた。1人はディルマ大統領であり、クーデター以来、労働運動は弱体化の攻撃にさらされている。次の大統領、ミシェル・テメル政権は、2017年に妊娠中や授乳中にある女性が不健康な場所で働くことを可能にしたり、休暇期間の3分割化など、権利の後退を導いた。そして、他の改革(〈労働改革〉既に第2ステージに踏み込み、労働者の権利のはく奪の拡大、組合運営のためのリソースの削除、全てのセクターでのアウトソーシングの拡大、〈行政改革〉公共サービス→医療・教育・治安の後退を規定し、最も貧しい人々を直撃、〈社会保障改革〉労働者の年金受給資格が発生する勤続期間の延長で、特に女性や黒人の年金受給を困難にするなどで退職の権利を侵害)は3人目のボルソナロ大統領によって進められた。これにより労働者の権利は後退の一途を遂げ、組合運動は弱体化を余儀なくされている。ボルソナロ政権下、経済的、政治的、社会的な危機が進行したが、パンデミックの出現でさらにこの状況が拡大している。加えて、ボルソナロ大統領は、性差別主義者であり、同性愛嫌悪者であり、人種差別主義者であることを喧伝して憚らず、残念ながら、これらセクターへの暴力が驚くべき勢いで増加しており、深刻に注視していかなければならない。

[ブラジル労働組合の力(FS)2つの報告]

〈報告1〉

1.労働者を取り巻く現状

(1)増える失業者、拡大するインフォーマルセクター-露わになる不平等

  2021年のブラジルの失業率は14.2%(ブラジル地理統計院)で、その数約1400万人と膨大な人数である。中には、非正規雇用で収入を得てしのいでいる人も少なくない。また、経済活動人口のほぼ40%にあたる約3400万人がインフォーマルセクター、つまり、雑用、日雇い労働者、露天商、フリーランスなどに従事している。こうした状況を助長しているのがボルソナロ大統領である。労働者の生活にマイナス影響となる、労働契約の最大4ヵ月間の停止、保証基金の支払い延期、最大70%の給与減額を認める新たな暫定措置の発令をはじめ、2020年に行われた150万人給与の削減、980万人の契約停止などで労働者の不安定な状況が浮き彫りになっている。
 こうしたネガティブな状況にあって、しわ寄せを受けるのは黒人や女性たちであり、失業者の60%がこうした人たちで占められている。また、職探しに多くの時間を要しているのも黒人女性で、3~6ヵ月が24%、1年以上が18%となっている。さらに黒人女性は1時間あたり平均10.95レアルに対し、白人女性は18.15レアル、白人男性は平均20.79レアルとなっており、不平等な待遇が露わとなっている。
 なお、若者の中では、約3分の1が失業しており、78%が低賃金や一時的な契約に甘んじている。

(2)ガソリンスタンドのセルフサービス化-解雇を引き起こす危険性

  ブラジルのガソリンの高騰の主たる原因が税金であることは明白だが、セルフサービス化を目指すため、人件費削減が人身御供にされた。現実にはフロントマンのコストは2%に過ぎず、ここにも労働者の権利を後退させる攻撃が影を落としている。この暫定措置の発動は40万人以上の労働者の解雇を引き起こす可能性があり、労働者にとって生活を一変させかねない危険性をはらんでいる。かつて2000年に、フェルナンド・エンリケ・カルドーゾ前副大統領はセルフサービスを禁止する法を承認したが、キム・カタガリ副大統領は何の躊躇もなくこの修正案を実行に移そうとしている。FSと加盟組合は、この提案の危険性について情報提供を行っている。

2.働き方改革という名の労働法改悪-不利な労使協定・協約でも法に優先

 ブラジルの労働法は1943年に制定されて以来、74年間その効力を継続してきたが、2017年11月に働き方改革という改善・改革を旗印に、改正・施行が図られた。しかし、その内実は、労働者にとって予想外かつ有害な改悪となってしまった。労働者を守るはずの法が、企業を守る法と化してしまったのである。法改正以前には、協約内容が労働者を利する場合には法に優先するとされていた。しかし、改正後には、法で定める最低の権利を下回ったり、柔軟化させることなど、労働者に不利な場合でも、協約が法に優先することを規定したのである。

3.懸念される組合の弱体化・空洞化-改正の背景にあった経済危機や組合組織率の低下

 組合にとって深刻なことは、この改正が、経済危機や組合組織率の低下という背景の中で行われたことである。組合の参加を必要としない契約解除を認めたことや、組合費納入義務の廃止などに加え、行政の悪しき官僚主義による時間がかかりすぎる組合認可の法手続き、過剰な組合資産監査における公権力介入など、組合の弱体化・空洞化への圧力が増しており、懸念される状況である。また、組合自らに内在する反組合的慣行がこうした懸念を招く一因となっていることも見逃せない。それは、雇用者との協約をタテに、脅迫や暴力をもって、組合加入、非加入、脱退を迫ることや、低所得の労働者に支払いの無理な組合費を提示して、加入を困難にしていることなどである。

4.労働紛争は絶え間なく-見えぬ要求決着の行方

 大きな流れとして、懸念される労働情勢ではあるものの、一方で、現場は紛争が絶え間なく発生し、対処を求められているのが現実である。サンパウロ市の土木建築労働者の組合は、何カ月にも及んだ交渉を経てもなお妥結しなかったことから、13万人が一斉ストライキに突入し、38日間以上を闘い抜いた。ブラジルのナショナルセンター10団体はこのストライキの全面的支持を表明したところであるが、その決着の行方は見えていない。要求の概要は次の通りである。労働者の権利の維持と拡大、昇給と職場の安全、労働協約の全ての条項の更新、累積したインフレ分の実質的増額補填、前期発生の解雇の取り消し、入社試験による雇用などである。

5.州知事・市長の新型コロナ対策を支持-ボルソナロ大統領の対策を糾弾

 新型コロナウイルスの拡大で多くの人命が失われた。このパンデミックの発生に対し、ナショナルセンターは、ブラジル国家衛生監督庁(ANVISA)が認可した全てのワクチンによる全国接種を支持してきた。また、感染予防に関し、マスクの着用、アルコール・ジェルの使用、迅速なPCR検査、ソーシャル・ディスタンスなど、WHO及びブラジル衛生当局が指導する全ての情報を提供してきた。さらに、ナショナルセンターは共同で、ボルソナロ大統領によるパンデミック対策の「意図的な調整不足」を糾弾するとともに、各州知事・市長による、即時のソーシャル・ディスタンスを保証する施策を講じることや、医療体制の摩耗を防ぐ行動への支持を表明した。様々な施策の基本は、政府が立案、調整、行動すること、及び、最高裁が許可したワクチン接種計画の拡大、統合医療システムの強化である。

〈報告2〉

1.労働者の権利劣化を招く暫定措置-遅い政府の雇用対策

 政府はパンデミックの拡大をなかなか認めようとせず、経済にも悪影響が出てしまった。本来は、こうした危機に所得を守るなどの機敏な措置を打ち出す役割があるはずだが、そうせぬうちに1300万人労働者が失業の憂き目にあってしまった。この間、ナショナルセンタ-は一致団結して政府に働きかけを行った。しかし、政府案は219レアルという低い水準の給付を提示、これを良しとせず引き上げ圧力を強め、600レアルの水準引き出しに成功した。しかし、政府は給付金を出すとともに解雇をしないよう求めたものの、企業は解雇に走る結果となってしまった。まさに対応の遅さが招いた帰結である。また、政府はこの期に2つの暫定措置を提案した。1つは、29歳までと55歳以上の労働者に対し、最低賃金を守らなくてもいいことや、ボーナスを支払わなくてもよいなどの内容であった。これは労働者の権利の劣化を招くこと必定であり、反対を表明し、最賃はじめボーナスや有休休暇などを守ることが出来た。今1つは、医療関係者のコロナ感染にあたっては労災認定をしないというものであった。

2.パンデミックで大きな打撃を受けたバイーア州-新労働改革がもたらす権利後退

 バイーア州の労働市場は、2020年3月以降のパンデミックにより、大きな打撃を受けた。州の経済社会調査局によれば、パンデミックが始まってから今年の4月までに、バイ-ア州では3万2千件の新規雇用が発生し、また3月までで、州内417の自治体のうち、
その60%にあたる252で雇用はプラスとなったが、それでも州の失業率は21.3%(今年1~3月昨年は19.8%)と高まりをみせており、現在138万人強が労働市場から退出し、懸念される状況にある。
 バイーア州の重建設・産業組立労働者を基盤とする組合の闘いで、障害となっているのは、職場の安全衛生から労働者の基本的利益にまで影響を及ぼす、一連の新しい労働基準を生み出した新労働改革による労働者の権利の全般的な後退である。これに加えて、主に連邦政府による公共投資不足がもたらした、雇用へのマイナス影響も看過できない。