2021年 タイの労働事情

2021年11月12日 報告

 国際労働財団(JILAF)では、2021年11月8日~12日、タイの労働組合活動家に労使紛争未然防止などに役立つ知見を深めてもらうためのプログラムを実施した。プログラムはCOVID-19パンデミック禍にあって、オンラインにより実施され、そのプログラムの一環として、11月11日(木)に「労働事情を聴く会」を開催し、自国での労使紛争の状況やその解決に向けた取り組みについて報告してもらった。
 以下は、その報告の概要をまとめたものである。

1.使用者側トップが交代し労使関係が好転した事例(TTUC報告)

 日系製造業における事例である。労働組合は使用者側に対し、毎年、主として、年次賞与、生活給、年次・月次の勤勉手当について、要求を提出している。
 労働組合としては交渉に際しては、会社の貸借対照表を使用することにしてきた。2015年の交渉に際して労働組合は2014年の貸借対照表を使用したが、使用者側は月次の貸借対照表を使用することを決めて交渉に臨んできた。この交渉条件の変更は新しい代表取締役と新しい人事部長の下で起きたことである。月次の貸借対照表は労働組合が入手できるものではないため交渉がうまくいかず、結果的に労使紛争となり、県の労働保護・福祉事務所の労働紛争調停係官が入っての交渉となった。労使は、これにより合意に至ることができたが、事の発端は、この新しい代表取締役に労働組合への理解が無く、むしろ、労働組合を敵視していたことにある。新しい人事部長が雇われた目的も、団結で結ばれた強力な労働組合を排除することにあった。
 この体制の下で、経営側は、労働組合を分裂させようとする試みを手段を選ぶことなく実行に移していった。このため、多くの訴訟が県の労働裁判所に提起され、争いが続いた。しかし、訴訟においては、労働組合に責任を取らせるような結果を経営側が得られることはなく、暫くして経営者が交代する事態となった。
 こうして代わった新しい現在の経営者の下で、労働組合は年次の貸借対照表を使用して交渉する方式に戻ることができ、団体交渉もスムーズに行われるようになった。現在の代表取締役は労使関係という言葉の意味をよく理解し、良い労使関係を作りたいと考えている。それは、過去の労使紛争が多額の損失をもたらしたことをしっかりと学んだ結果でもある。経営側は、現在では、問題が起きそうなときや変更を行おうとするときには労働組合への事前の説明や相談に努め、労働組合の同意の下に物事を進めるようになっている。労働組合は大事にされるようになり、さらには、人事部長も交代した。新人事部長はこれまでの経過をよく知る社内からの登用者で、労働組合に対する姿勢は以前とは変わり中立的である。

2.労働組合が要求を抑制する状況にある事例(LCT報告)

 外資系流通業における事例である。この企業においては以前労使紛争が発生したが、現在は発生していない。
 以前発生した紛争は残業を巡ってのもので、事案は訴訟へと発展し、最終的に最高裁判所にまで持ち込まれた。しかし、結果的に労働組合の主張は退けられた。そしてこの経験が組合員の気持ちに大きく影響し、以降は解雇を恐れる気持ちが組合員に強まり、要求自体を抑制することで労働紛争を回避しようとする動きとなった。
 但し、労働組合は使用者側との間で労働条件や手当についての協議を行い、コミュニケーションはとっている。現在は、現状以上の要求をしないことが雇用の確保につながるという組合員の認識が優先されており、当分は要求抑制状態が続く見通しである。

3.労働組合の対応が功を奏して問題が解決した紛争事例(SERC報告①)

 タイ空港公社の空港業務(警備、検査など)を委託されている企業(以降、A社)の事例である。A社は空港に警備員や検査員として労働者を派遣しているが、その労働時間を巡って紛争が発生した。
 この紛争は、空港サービスを監督する会社から、A社が、労働者保護法違反となる働かせ方(8時間労働の後、8時間の休憩を挟んで再度業務に就かせる働かせ方)への改善を求められたことに端を発する。A社は、改善策として、8時間労働の後、引き続き4時間の残業をし、計12時間労働とする形へと変更し、これを雇用条件とした。
 これに対し労働者は残業4時間を強制されることに反対し、残業は自由意志で行えるようにすることを求める要求書を労働組合を通じて使用者に提出した。しかし労使交渉はうまくいかず、県の労働保護・福祉事務所に対して紛争状態についての申し立てを行った。それでも事が進展しなかった。そこで、労働組合は、使用者側の代表者、当事者たる労働者の代表者、そして労働省の代表者を招いてのオンライン討論会を開催した。
 この討論会に使用者は欠席であったが、労働省からは参加があり、労働省がこの問題について知るに至ったことが解決に向けての転機をもたらした。すなわち、県の労働保護・福祉事務所からの再呼び出しが使用者代表と労働者代表にされ、この事務所が介在するもとで労使による協議が行われた。その結果、使用者が労働側の要求を受け入れることとなり、紛争を解決することができた。

4.国営企業における労使交渉の事例(SERC報告②)

a.複雑な国営企業における要求の手続き

 国営企業では福利厚生を含む労働条件の改善に向けた労働組合の要求について、それが実施されるまでには様々な手続きを経る必要がある。また、そのことにより、実現までには非常に長時間を要することになる。
 その手続きの概要(要求が審議される経過)を図で示すと以下の通りである。

 すなわち、まずは、企業内に設置される業務関係委員会(労使同数で構成)において、要求内容が審議される。業務関係委員会において合意が形成された場合には、その内容が当該企業の取締役会に送られ検討の俎上に載せられる。この段階で、取締役会は事案を業務関係委員会に差し戻し再検討するよう指示することが多いが、要求を却下する場合も多い。運よく取締役会のOKが得られた場合には、その内容が労働省に提出され、省内のいくつかの委員会での審議に付される。その後、国営企業労働関係委員会に送られ、そこを通過できた要求内容が内閣に提出される。内閣が承認した場合にはそれが労働省に戻され、当該企業に戻されて、やっと実施ということになる。従って、組合が要求書を提出してから1年以上経っても結論に至らないということもざらである。

b.具体的な要求を巡る最近の事例(B社)

 B社の労働組合は3つの要求事項を決定し、要求手続きを開始した。要求内容は、①女性労働者の有給の産休を120日間とすること、②子供扶養手当を300バーツから500バーツに増額すること、③入院時病室代補助を800バーツから1500バーツに増額すること、である。これらの要求に対するその後の経過は以下の通りである。

  • *①については、取締役会に提出されたが、この段階で却下され実現に至らなかった。
  • *②については、取締役会に提出されたが、業務関係委員会に差し戻され、取締役会からの指示は同様の国営企業の数字との比較検討であった。なお、比較を通じて、民間では600バーツが支給されていることが分かった。
  • *③については、取締役会が下した判断は1000バーツが妥当というものであった。労働組合はこの提示を受け入れ、この事案は現在労働省で検討されているが、要求手続き開始から既に1年以上が経過している。尚、③については、現在のようなコロナ禍にあっては非常に差し迫った事項となっている。