2020年 タイの労働事情

2021年2月19日 講演録

 本報告は2021年2月15日~2月19日にJILAFが実施した再招聘チーム(インドネシア・タイ)における「タイの労働事情を聴く会」の参加者報告および提出関連資料に基づいて作成した。今回の「労働事情を聴く会」はオンラインで行われ、「タイにおける労使紛争とその解決に向けた取り組み事例」をテーマとした。
 なお本プログラムには、4つのナショナルセンター〔国営企業労働連盟(SERC)、タイ労働組合会議(TTUC)、タイ労働会議(LCT)、全国民間産業労働者会議(NCPE)〕から下記の計5名が参加した。

国営企業労働連盟(SERC)
パッチャナワット コンシン(Ms.Patcharawat Kongsin)

農業者国営企業労働組合委員長

国営企業労働連盟(SERC)
アネック マイプロン(Mr.Anek Maiprpm)

国営企業労働連盟(SERC)青年部会事務局長

タイ労働組合会議(TTUC)
タマラット ムシグラッド(Mr.Thammarat Musiglad)

タイ労働組合会議(TTUC)事務局次長

タイ労働会議(LCT)
アヌチット ゲオン(Mr.Anuchit Kaewton)

タイ労働会議(LCT)事務局長

全国民間産業労働者会議(NCPE)
ラチャトナン ディーイング(Ms.Rachatnan Deeying)
全国民間産業労働者会議(NCPE)スタッフ

 

1.タイにおける労使紛争解決のプロセス〔SERC報告①〕

 タイにおける労使紛争解決のプロセスは、下図に示すように①協議、②調停、③労働争議の裁定の3つの段階に分けられる。
【①協議】労使の要求提示によって開始され、相手側が要求を受け取った日から3日以内に協議を行う。協議には各側から代表者が7名まで参加することができる。なお、相手側が要求を受け取った日から3日以内に協議が行われない場合、又は期限までに合意に達しなかった場合は、労働争議が発生したものとみなす。その際要求を行った側は、合意に達しなかった時から24時間以内に政府の労働争議調停官に文書で通知を行う。
【②調停】労働争議調停官による調停のもと、両者が合意に達するよう話し合いが行われる。調停官は通知文書を受け取ってから5日以内に解決に向けた調停を行う。調停が行われた結果、5日を経過した時点で「労働争議」とみなされ、労働者側はストライキを、使用者側は作業所閉鎖を行うことが可能となる。
【③労働争議の裁定】争議の裁定に向けて、一般企業の場合は労使各側が労働争議裁定人を立てる手続きを行い、裁定人の裁定を受ける。一方、国家の安定にとって経済的に重要な企業の争議の場合は、労使関係委員会の審議にかけその裁定を受ける。

2.国営企業における労働争議の事例(国鉄の事故をめぐる争議事例)〔SERC報告②〕

 国営企業労働連盟(SERC)の加盟組織である国営企業の場合、要求は組織のCEOに対して行われ、上記「1.タイにおける労使紛争解決のプロセス」で紹介した「労使関係委員会」と同様の役割を持つ「企業関係委員会」での調停にかけられる。このため、要求の大半は組織内で合意に達するが、一部は争議の段階を超えて裁判に移行するケースもある。その事例として、2009年にプラチュアップキリカン県内の駅で発生した、7名の死亡事故を伴った列車の脱線事故をめぐる労働争議について事例報告する。
 この事例は、列車の脱線事故を経てタイ国有鉄道労働組合がタイ国鉄を相手に行った「鉄道職員および市民の安全」に関する要求に起因している。
 組織内部の調査では、事故は運転手が意識を失い、ヴィジランス・システム(緊急列車停止装置)が作動しなかったことが原因と分かった。そのため、労働組合の委員は国鉄に対し、列車の運行が労働協約を遵守して安全に実施されるよう求めるとともに、国際基準に則った安全原則に基づき安全な状態とするための点検の実施を強く主張した。また、国家人権委員会に対しても同様の趣旨で申し立てを行った。これに対し国鉄は、上記要求を行った労働組合の委員13名を解雇した。13名の委員は解雇されたばかりでなく、国鉄は、彼らの行動を不当行為として労働裁判所および刑事裁判所に訴えた。裁判所は、彼らに国鉄に対し利子を含め2,500万バーツの金額を支払うよう命じる判決を下している。加えて、昨年(2020年)にはこの13人に対する4年の実刑判決も下された。
 この13人は、この判決を不服として最高裁判所に控訴した。今年(2021年)の6月頃に本件に対する最高裁判所の判決が下される予定である。

3.良好な労使関係が築かれている企業における労使協議事例〔NCPE報告〕

 全国民間産業労働者会議(NCPE)は、労働組合が使用者と交渉を重ねることで、労働争議の発生を防ぎ、良好な労使関係を築くことを支援している。加盟労働組合の多くは、毎年、ベースアップ、年次ボーナスの増額、各種福利厚生などの要求を行い、使用者側と交渉を行っている。
 本事例の企業内労働組合は、昨年(2020年)、会社に対し①ベースアップ、②年次ボーナス、③福利厚生(食事代の増額、交通費の増額)、④会社の就労日カレンダーの検討メンバーに労働組合委員を加えること、⑤政府の最低賃金が改定された場合は、これに応じて賃金体系の改定を行うこと、⑥要求項目以外の労働条件については現状維持とすること、などの要求を行った。
 これに対して会社は、コロナ禍で生産量が落ち込んでいることを理由に「組合の要求は高すぎる」と主張した。こうした中で最初に会社が提示した回答が低かったため、労働組合はこの回答を受け入れることができず交渉は継続となった。そして、労使は解決に向けて何度も交渉を重ねた。この間労働組合は、交渉過程で組合員に対し適宜交渉報告を行っている。
 最終的に6回目の交渉で会社側は回答水準を調整、労働組合がこれを受け入れて労使合意に至ることができた。なお、交渉経過の中で労働組合が会社側に表明していた回答不満の場合のストライキの実施については行使しなかった。

4.違法薬物検査結果を理由とした不当解雇をめぐる労使紛争事例〔TTUC報告〕

 昨年(2020年)、会社(外資系製造業)は従業員全員に対して違法薬物の検査を行った。この検査は政府が進めている「ホワイト工場プロジェクト」という取り組みの一環として行われたものであるが、検査は医療機関ではなく、会社が健康食品の販売会社に委託して実施したもので、おおよそ30分程度で結果が判明するという非常に簡易な検査であった。
 結果、同日に2名の従業員に陽性反応が出た。この2名中1名は労働組合の組合員、もう1名は非組合員(労働組合未加入)であった。会社は、非組合員の1名については「リハビリ後に職場復帰させる」扱いとしたが、その一方で、組合員に対しては、本人が「これまで一切違法薬物の使用をしたことがない」と強く主張したにもかかわらず、解雇処分とした。
 当該組合員は、疑いをはらすため自主的に国立の病院で再度薬物検査を受け、この病院での検査結果は15日後に出ることになった。私たちタイ労働組合会議(TTUC)〔以下「労働組合側」と記載〕は、検査結果が出るまでの間に会社に対して当該組合員の解雇撤回を求め交渉を進めた。
 その後、病院から「陰性」の検査結果が出たので、労働組合側は、この検査結果を踏まえて再度会社と交渉を行ったが会社の考えは一切変わらなかった。
 労働組合側は、この解雇は労使関係法の121・123条で禁止されている不当行為であることから、本件を労使関係委員会に申し立てた。労使関係委員会の協議には約90日間要したが、結果、「この従業員を現職復帰させること」とする労使委員会の裁定が下された。
 にもかかわらず、会社はこの裁定に従おうとせず、逆に、労働裁判所に不服申し立てを行っている。現在は、その判決を待っている状態である。

5.労働条件の不利益変更(ボーナスの引き下げ)をめぐる労使紛争事例〔LCT報告〕

昨年(2020年)、労働組合は会社に対して労働条件の改善に関する要求書を提出したが、一方、使用者側はコロナ禍で経営が悪化していることを理由に労働組合に対し労働条件の不利益変更の申し出を行った。
 労働組合の主な要求は、年次昇給およびプロビデントファンド(退職金)積立額の引き上げ、などである。一方使用者側からの不利益変更の主な申し出は、①労働協約に基づく「2.9~4.5ヵ月分」のボーナスを全員一律2.5ヵ月に引き下げる、②年次昇給の査定を新たな方式に改め、この新方式をボーナスの査定にも適用する、というものであった。
 労使は数回に亘って話し合いをもったものの合意することができず、その後、使用者側は県の労働保護福祉局に調停手続きを申請し、この場でも数回に亘り話し合いを行ったものの、ここでも合意に至ることができなかった。本件は、次の段階として労使関係委員会の審議に移行し、労使関係委員会の裁定を求めることになった。ちなみに、この労使関係委員会の審議が始まったのは昨年末である。
 そして、今年(2021年)の1月に入って、労使関係委員会の裁定が下された。この裁定内容は、「使用者側の要求(労働条件の不利益変更)は認められず、労働協約で定められたルールに従って現行の労働条件を維持すること」というものであった。
 使用者側はこの裁定に従わず、この内容を不服とて労働裁判所に申し立てしている。一方、労働組合は、毎日休憩時間に集会を開き抗議活動を行っている。