2021年フィリピンの労働事情

2021年6月11日 講演録

フィリピン労働組合会議(TUCP)

  • TUCP政治・アドボカシー担当
  • TUCP事務局次長

フィリピン全国労働組合(NTUC Phl)

  • オブレロ・ピリピーノ労働組合ナショナル・スポークスパーソン
  • NTUC女性委員長
  • NTUCオルガナイザー
  • ラグーナ・オートパーツ社労働組合書記
 

<労使紛争事例の紹介>

1.コロナ禍における昇給をめぐる紛争

 紹介する事例は、日系自動車部品メーカーで起きた紛争で、年次業績評価に基づく昇給制度がコロナ禍の下でうまく機能しなかったことによるもの。
 通常、昇給は個人別業績評価の結果に基づき行われるもので、5段階の等級に分けて2~6%で実施される。しかし、COVID-19の影響下にあった2020年度は数か月間の操業停止などもあり、業績評価が行われないまま、使用者が全従業員に対し一律の昇給等級(第2等級=3%の昇給)を適用することを一方的に決定したことが紛争の発端である。
 この問題は労働協約に則り苦情処理機関に持ち込まれ、労使はそれぞれの主張を行ったが、解決には至らなかった。労働側は、経営側が持っている入手可能なデータに基づき業績評価を実施し、評価に基づく昇給を行うよう求めた。また、使用者側が一律の昇給率とすることを譲れないというのであれば、3%は低すぎるので、第3等級の4%とすべきであるとの主張を行った。使用者側は、業績評価を実施するかどうかと昇給額の決定は経営権であると主張するとともに、年次業績評価の実施は政府が課した移動制限の結果、業務報告が可能ではなかった労働者に対する公平性を欠く、と主張した。
 両者は折り合うことができず、事案は、現在、任意仲裁機関に付託されている。労働側の受け止めとしては、賃金に関わるこうした問題は、労働側としても要求する権利を有しているというものである。しかし、使用者側は、これはあくまでも経営権の範疇であって、従業員に対して経営側が施しを行っているといった認識である。こうした認識の違いが、問題の解決を困難にしている。

2.コロナ禍で発生した停職事案

 紹介する事例は、カビテ工業団地にある眼科用レーザーなどの機械を開発、製造、販売している企業で発生したもので、組合員が不法に停職処分を被った事案である。
 発端は、会社の看護師が当該組合員に対しCOVID-19の抗原検査を要求したことにある。この組合員の配偶者が感染を疑わせるような発熱をしたため、この組合員が抗原検査を求められたものであるが、抗原検査は従業員の任意であることを労使で合意していた経過のもと、さらには配偶者の熱がすぐに下がったことから、組合員は検査を拒否した。しかし、看護師は組合員に対し、出勤停止と有給休暇扱いは認めないことを言い渡したのである。
 事案は苦情処理委員会に持ちこまれ、次のような形で折り合うこととなった。①当該組合員は抗原検査を受ける、②出勤できなかった期間については賃金カットを行うのではなく有給休暇扱いとする。
 労働組合はこの解決策をパーフェクトなものとは受け止めていないが、労使が対話により調和的な関係構築につなげていくことが重要であるとの考え方のもと、受け入れたものである。

3.コロナ禍における人員削減の横行

 教育現場で起きている人員削減の問題について紹介する。
背景にあるのは、今回のパンデミックについて労働雇用省が発した宣言の解釈の仕方の違いである。即ち、労働雇用省の宣言は、感染症が猛威をふるっている時期においては、雇用期間と雇用の条件は労使のニーズに最も適合するように設定して良いとしている。これを自分に都合よく解釈した使用者が、他の方策を検討することなくして、単純に人員削減に走っているのである。
 なお、こうしたことは教育現場のみならず、他分野の企業においても行われており、パンデミックに乗じた悪乗りが横行している。
労働組合としては、傘下の組合に対し、積極的かつ定期的な協議や交渉を使用者側との間で実施し、雇用を守るためのガイドラインや解決策を労使で考え出す取り組みを行うよう指導した。
 その結果、協議機関の設置、人員削減は他に手段がない場合の最後の一手であることの確認、さらには雇用を守ることに成功した組合もみられる。

4.負傷した船員への補償をめぐる紛争

 船員の場合、船員が業務中に負傷し就業不能となったことで紛争に発展することが多い。
 負傷した船員は医療面での補償や就業不能となったことによる収入減への補償を使用者側に求めることになるが、使用者側からは会社指定の医療機関での再診や再診断を求められ、問題がこじれてしまいがちである。その結果、労働組合も参加する苦情処理機関に事案が持ち込まれるが、そこで解決できないことも少なくない。その場合には、問題は国の調停仲裁委員会(NCMB)に持ち込まれる。その結果、負傷したことに対する補償を船員が受け取って事案が終了することもあるし、更なる訴えが労働雇用省に対して行われることもある。

<コロナ禍に対する労働組合の取り組み>

 取り組みの内容は労働組合毎に異なるが、それぞれ以下のような対応を行ってきている。

(A組合)
  • 政府による合法的な命令・指導に従うべく、使用者側と協力、調整。
  • 使用者側による権利の侵害や権限の乱用がないようモニタリングを実施。
  • 関連情報を組合員と共有し、組合員に対し安全衛生面での取り組みの徹底を要請。
(B組合)
  • 就業停止期間中の組合員が飢えることがないように食料品を配給。
  • 自宅待機中の組合員に対して医薬品などの健康キットを配送。
  • 経済的損失に直面する組合員に対しての少額の現金給付。
  • 組合員のオンライン研修の実施(団体交渉や社会的対話についての能力向上、メンタルヘルスや健康管理などについて)
  • 現場で就業を続けざるを得ない労働者に対しての危険手当の支給を求めるキャンペーンを実施。
  • 労働者に対する政府の補助金支給について、その対象に教員も含めるようキャンペーンを実施。
  • 他の組合との連帯を通じた労働運動の強化への努力。
(C組合)
  • ロビー活動を行い、政府に労働者を保護するための施策の実施を要請。これにより、新型コロナが、補償の対象となる労働疾病に分類されることになった。また、ワクチン接種の優先順位付けにおいて、船員の順位を引き上げることができた。
  • 困窮労働者に対する食料品の配給を政府と協力して実施。