2020年 インドネシアの労働事情

2021年2月12日 講演録

 本報告は2021年2月8日~2月12日に実施した再招へいチーム(インドネシア・タイ)における「インドネシアの労働事情を聴く会」の参加者報告および提出関連資料に基づいて作成した。今回の「労働事情を聴く会」はオンラインで行われ、「インドネシアにおける労使紛争とその解決に向けた取り組み事例」をテーマとした。
 なお本プログラムには、3つのナショナルセンター〔インドネシア労働組合総連合(CITU)、インドネシア福祉労働組合総連合(KSBSI)および全インドネシア労働組合総連合(KSPSI)〕から下記の計5名が参加した。

インドネシア労働組合総連合(CITU)
エコ プワントロ(Mr.Eko Purwantoro)

全国産業労組 東ジャワ州担当事務局長

インドネシア労働組合総連合(CITU)
リタ ヘンドラティニングシー(Ms.Rita Hendratiningsih)

インドネシア労働組合総連合(CITU)副書記長 兼 産別:病院・薬品連盟 副会長

インドネシア労働組合総連合(CITU)
トリアンティ(Ms.Trianti)

化学・エネルギー・鉱山労働連盟 副局長

インドネシア福祉労働組合総連合(KSBSI)
ニカシ ギンティン(Ms.Nikasi Ginting)

鉱業・エネルギー連盟(FPE)事務局長

全インドネシア労働組合総連合(KSPSI)
ディニ ラフマワティ(Ms.Dini Rahmawati)

商業・銀行・サービス・保険労働組合 ジャカルタ担当責任者

 

1.コロナ禍での人員削減をめぐる労使協議事例〔CITU報告①〕

(1)労使紛争の背景と経緯

 東ジャワ州にある靴製造業企業(ヨーロッパ系の外資系企業)の事例である。従業員数は約7,600人である。COVIT-19パンデミックの影響を受け、ヨーロッパ向けの靴の受注が大きく落ち込み、売上高が4割も減少した。こうした状況下で労働者側は長期的な雇用の保障を求め、使用者側は売り上げの回復を目指していたが、2020年の年末の段階でも売上の激減傾向が続き、使用者側は従業員の削減を表明するに至った。
労働者側は、使用者との話合いの場を持ち、その場に労働組合も参加して協議を継続する中で解決策を模索した。この協議によって最終的に労使合意を図って企業内レベルで労使紛争解決に至ることが出来た。

(2)労使協議のポイントと合意内容

 協議過程で労働者側は、雇用の維持を図ることを前提に次の点を主張した。

  1. 賃金の削減を伴わない労働時間の短縮を実施する。
  2. 福利厚生関係施策の一部(レクリエーション関係、従業員への制服の支給など)については実施を延期する。
  3. 年次賞与額(ボーナス)の削減に同意する。

 その後、労使協議の結果、最終的に次の内容で労使合意が図られた。

  1. 賃金の削減を伴わない労働時間の短縮を実施する。
  2. 福利厚生関係施策の一部(レクリエーション関係、従業員への制服の支給など)については実施を延期する。
  3. 妊娠している女性は在宅勤務とする(賃金の全額保障)。
  4. 年次賞与額(ボーナス)の支給を延期する。
  5. 規定に基づく退職金支給によって一部の従業員については解雇する。

(3)その他の補足的報告(この企業におけるコロナ対応)

 コロナ禍で、会社は従業員全員に対して、毎日、各人に医療用マスクを支給し、1日3回の体温測定を実施するなどの感染予防策を徹底している。また、従業員がPCR検査を受けた場合の費用についても全額会社負担としている。

2.コロナ禍での病院における労働組合活動をめぐる問題〔CITU報告②〕

 この報告は、医療系現場(病院)における使用者側のCOVID-19感染拡大に乗じた労働組合活動の弱体化を意図した対応と労働組合の取り組みに関する事例である。

(1)医療現場の労働組合が直面している問題

 医療現場では、使用者側による政府のコロナ対策に関する衛生規定を口実とした組合活動を阻害する対応をとる事例が発生している。
 具体的には、組合活動に参加するために職場を離れる労働者に対して、自己負担(かなり高額)によるPCR検査を行うことを求め、陽性が判明した場合には14日間の自主隔離が要請されるが、この場合の隔離期間中の賃金は支給されない。こうした中で、組合間、組合員との連携と結束強化に支障が出てきている。
 コロナ禍で、組合役員の大半が、自身の雇用を守るため組合活動に参加するリスクを避ける考えをもつ傾向がみられる。なお、コロナ禍で組合の会議等をオンラインで行うようにしているが、デジタル化への対応が困難な人も多く、オンライン会議への参加者は極めて少ないという問題もある。

(2)コロナ禍での労働組合活動についての考え方

 私達は、コロナ禍であっても労働組合活動を行う権利があると考えている。なおコロナ禍での社会活動に関して、昨年(2020年)4月に、インドネシアの保健大臣が出した前述(1)の衛生規定がある。それは、学校の休校や職場の休業、宗教活動や社会・文化活動について大規模社会制限という名目で規制を行うことが出来るというものである。使用者はこの規定に乗じて、労働組合の活動拠点である組合事務所もその規制対象とみなしているため、労働組合活動が以前に比べて効果的に行えなくなっている。

(3)コロナ禍での医療従事者へのインセンティブと問題点

 コロナ禍で政府がとっている政策の一つに、医療従事者へのインセンティブ(待遇)がある。病院勤務者は、①医師・看護師、②検査技師等、③事務、警備、クリーニング等①②以外の業務に従事している労働者、の3つに区分されるが、コロナ禍でのインセンティブ支給は、上記①医師・看護師のみを対象としており、不平等な扱いになっている点が指摘される。

3.コロナ禍での労働者・労働組合役員の解雇事例〔CITU報告③〕

 バイデン州にあるプランテーション会社における人員削減に関する事例である。 COVID-19の影響によって経営に大きな打撃を受けた会社は、60人の従業員を解雇した。この解雇された中には、11名の労働組合執行役員全員が含まれている。
 この解雇は事前に労働組合や従業員代表との十分な協議を行わないまま、当該従業員の自宅に直接解雇通告を送付してきたという経緯があった。
 労働組合は、当初は解雇自体を否定したが、やむを得ず解雇となる場合には規定の3倍の解雇手当(退職金)が必要と要求した。これに対し会社側は、規定通りの解雇手当(退職金)を支払う用意があると主張し平行線であった。
 労働組合は2020年6月、他社の企業内労働組合や産業別労働組合(化学・エネルギー・鉱業労働組合連盟)の地方協議会、地方支部代表とともに会社前で抗議活動を行った。こうした経緯の中で、会社側は労働組合側に交渉を進めるために2名の代表を出すよう求めてきた。労働組合はこれに応じ、交渉代表を当該企業内労組代表と産業別労働組合(化学・エネルギー・鉱業労働組合連盟)当該地方協議会会長とした。
 その後も協議は合意に至らず、労働組合側は労働省地方労働局に斡旋を求め、それによって、会社側は当初の規定通りの解雇手当(退職金)支給から規定の1.5倍の支給にまで譲歩してきた。労働組合側はさらに上積みを主張し、最終的には規定の2倍の解雇手当(退職金)を支払うことで合意しようやく決着に至った。

4.従業員300人の解雇をめぐる労使紛争事例〔KSBSI報告〕

 この事例は、西ジャワ州にある外資系企業(衣料品関係)A社で2012年に起きた300名の労働者の解雇をめぐる労使紛争である。
 当該労働者はそれまで3年間ほどの間、3カ月毎の契約更新を続けてきたが、2012年12月から雇用契約が更新されることなく、退職金の支払いもないまま解雇されることになった。会社側の解雇理由は、「当該労働者は既に雇用契約期間を過ぎていた」というものである。
 労働組合はこの不当解雇への闘いを開始したが、当該労働者の多くは労働組合に未加入であったこともあり、闘うことを決意した労働者は40名(大半は労働組合の組合員)にとどまった。
 まず、インドネシアの労働法に基づいた形で、使用者側と労働者側の2者間の話し合いが行われた。この中で労働者側は、①解雇された労働者を正規従業員として再雇用すること、②職場の安全・衛生を改善すること、③組合への敵対行為をやめること、を要求した。この話し合いの中で、使用者側は本件が雇用契約に関する法の定めに違反していた点については認めたものの労働者側の要求には一切応えず、解決に向けた手立てをとらなかった。
 その後、労働者側は労使紛争の解決手続きに入り、県労働局に対し調停を依頼した。
 現在、調停手続きは継続中であり、調停案の提示を待っている段階だ。

5.タクシー会社における従業員解雇と賃金未払いをめぐる労使紛争事例〔KSPSI報告〕

(1)労使紛争に至る経過(概要)

 COVID-19の影響によって大きな打撃を受けた当該のタクシー会社は収益が大きく減少し、稼働する台数を限定せざる得ない状態となった。会社は、昨年(2020年)5月より従業員に対して段階的に「無給休暇」の取得を求め、併せて「雇用BPJS」(日本の雇用保険に類似した社会保険)の負担も行わなくなった「健康BPJS」(日本の健康保険に類似した社会保険)の負担は継続。その後、会社は同年12月末日をもって営業終了する旨の発表を行った。
こうした経緯に至る以前の2018年に、会社は従業員に対して「解雇手当パッケージ」という制度を提案していた。これは、従業員が会社に対して「退職届」を提出すれば最大で賃金の8倍の退職金(解雇手当)を支給するというものであった。しかも、このパッケージを選択した従業員は会社と再雇用契約が出来る条件がついていたこともあり、このパッケージを選択した従業員も多くいた。その後、会社がこの退職金(解雇手当)を分割払いにすると表明したため、パッケージに同意していた従業員も不満を表明していた。一方で、このパッケージによる「退職届」を提出していなかった従業員も多数いたため、会社は、前述した通り、昨年、従業員に「無給休暇」の取得を求め、かつ、これを義務化する方針を表明したのである。なお、昨年5月より従業員への賃金の支払いも停止した状態となっている。

(2)労使紛争解決に向けたプロセスと労使の主張

 こうした中で、労使による二者間協議が行われた。この協議の中で従業員側は、①2020年5月以降今日までの賃金を支払うこと、②2019年の地域別最低賃金との差額を直ちに支給すること、③法令に定められた「2PMTK」(既定の2倍の金額として計算された退職金のこと)を支払うことで解雇および会社の「解雇手当パッケージ」を受け入れることが可能であること、を主張した。これに対して会社は、①会社が提案した「無給休暇」取得に署名しない従業員が多数いたため会社を閉鎖し営業終了とせざるを得なかったこと、②「解雇手当パッケージ」の支払いは分割払いとせざる得ないこと、を主張し二者間協議は平行線に終わった。
 その後、次のプロセスとして労働省による仲裁が行われ、労働省は次の仲裁案を示した。

  • 会社は、2020年5月以降今日までの未払い賃金を支払う。
  • 会社は、2019年の地域別最低賃金との差額を支払う。
  • 会社は契約解除を実施し、従業員に1PMTKの退職金(規定通りの退職金)を支払う。

 この仲裁案に対して従業員側は同意したが、会社は同意しなかった。
 こうした経緯の中で、従業員側はやむを得ず労使関係裁判所に訴えるに至った。