2016年 インドネシアの労働事情

2016年11月30日 講演録

インドネシア労働組合総連合(CITU/KSPI)

ラミディ

全国労働組合(SPN)(繊維・皮革)事務局長

ナニ・クスマエニ・ドディ

金属労働者連盟(FSPMI)副会長

アルダ・ダスキ・アムサール

インドセメント労働組合研究開発担当

 

1.インドネシアのナショナルセンター

 インドネシアは、2億5,500万人を擁し、労働力人口は1億1,800万人、この内失業者は700万人、正規雇用者は4,100万人を誇る大国である。しかし働いている1億1,000万人中42%が小学校卒業者である。
 インドネシアには大きく分けてナショナルセンターは4つある。CITU/KSPI(2003年設立、290万人、ITUCの影響力のもとに作られたが、近年街頭行動に傾斜している)、KSPSI(1976年設立、460万人、スハルト体制下で作られ、民主化後独立性を高める)、KSBSI(1992年創立、210万人、スハルト体制下でパクパハンによって作られた反体制的ナショナルセンターだが、近年は体制内化している)、KASBI(2005年創立、25万人、階級闘争を志向するナショナルセンターで、世界労連に加盟している)。
 IndustriAll加盟のCITU/KSPIには、教育(PGRI)、観光(FSP Pariwisata Ref)、印刷・出版・メディア(FSPPMI)、金属(FSPMI)、セメント(FSP ISI)、サービス(Aspek)、化学・エネルギー(FSP KEP)、薬品・健康(FSP FARKES Ref)、繊維・衣料(SPN)が加盟し、林業・農園の産別(KAHUTINDO)が加盟申請中である。組織人員的には、教員、繊維・衣料、金属が大きい。全体的に加盟人員は伸びている。統計によれば、インドネシアの組織率は10.5%。運輸関係、公務員がほとんど組織されていない。ITF系の組合はどのナショナルセンターにも属していない。まだまだ組織化の余地は大きい。CITU/KSPIの設立大会は2003年ボゴールで開催され、ルスタム・アクサム(SPN)、その後2007年マランの大会ではタムリン・モシ(FSPMI)、2012年ボゴールの大会ではサイド・イクバル(FSPMI)を会長に選んでいる。

2.労働組合の状況

 インドネシアの労働運動は概して(特にナショナルセンターに属している労組は)行動的であるが、ここしばらく大きな動きは見られなくなっていた。その背景には、ジョコ氏が大統領に選出されて以来、労働運動への締めつけの姿勢がある。過去、最低賃金は地方別に政労使の三者構成委員会で討論の末に決めていたが、2015年政令第78号が発令され、インフレ率と経済成長率で自動的に数字を算出する方式に改められた。これが低賃金を固定化し2016年の賃上げ率は8.4%、20万インドネシアルピア(約15ドル)となっており、労働組合の役割が見えない形になった。また、社会保険実施機構(BPJS)という新しい機関が作られて健康保険が実施されているが、病院が保険の利用を拒否したり、カバーされている人々の割合が非常に小さいといった問題がある。さらに国有企業で働く派遣労働者の身分を変更し、常勤労働者にするようにとの国会勧告の無視(郵便労働者の場合は実施されている)、工業団地でストライキ権が規制され、軍と警察による警備が可能となり、工業団地内の労働運動への抑圧、労働組合活動家の逮捕などがなされてきた。「このような状況はスハルト時代と変わらない」など、ジョコ政権に対する労組の姿勢は厳しいものである。
 このような中で、ジャカルタ県知事をめぐるアホク候補(ジョコの支持を得ている中国人)がイスラム教徒を侮蔑する発言をしたことで、今インドネシアでは大きな抗議運動が盛り上がっている。労働組合も並行して集会を開くなどこの動きを支援している。

2.CITU/KSPI及び金属労連(FSPMI)の戦略

 CITU/KSPIで最強の産別と言われるFSPMIは、コンセプト開発から行動へという戦略を打ち出している。ワークショップなどで、戦略の計画、法律草案を作成し、ロビー活動に活かしている。この段階では、ステークホルダーとしての政治家やNGOとの話し合い、SNSを使った宣伝、マスコミへの働きかけを行っている。それで解決しない時は、一般からの支持を受けるためのロングマーチ、大統領府、官庁、議会での集会やデモなどを組織する戦略に移る。

3.労使紛争未然防止システム

 紛争があれば、まず工場内で二者協議を行わなければならず、ここで解決にいたらなかった場合、地方労働局による30日以内の仲裁が行われ、勧告が出ることになる。しかし、労使がそれを受け入れなかった場合は、労使関係裁判所での判断を仰ぐことになる。これは50日間と定められている。この判断に不服がある場合は最高裁に進み、30日間で判決を得る。紛争が発生し、二者協議による手続きに入ってから解決まで140日間と定められている。

4.最近の労使紛争

 例として、韓国系の衣料会社(A)とドイツ系のセメント会社(B)が挙げられた。

(A)解雇金未払い、労働組合との対話拒否
 インドネシアでは、労働者が解雇される場合、労働法により定められた退職金の2倍の額と勤続年数に応じた額を払うことになっている。使用者側はこの規定に定められた額を切り下げることを狙い、組合をバイパスし労働者と直接交渉し、労組との交渉に応じないため、地方労働局に訴え、現在も解決に至っていない。

(B)労働協約の不履行、集会に対する弾圧、不当労働行為
 労働協約の不履行に対し、組合が勤務時間外集会を開催したところ、素性の知れない100人近い人たちが襲撃し、また来る旨の脅しもあった。そのため、労組委員長は労働者の安全確保のため生産活動の停止を命じたところ、会社側はサポタージュであるとし、刑事、民事で訴えを起こした。さらに会社側は、集会に集まった組合員に警告書を出し、組合事務所を向上の敷地外に追いやり、何人かの組合役員を一方的な解雇・配置転換、組合活動の抑圧、組合員を昇進させないなどの措置を取った。
 組合側はこれに対し、法律関係のチームを作り、労働分野専門の弁護士の協力を得て法的なプロセスを開始した。また様々な団体に支援を要請し、国会、国家人権委員会でも取り上げられた。決定打としては、IndustriAllを通してOECDガイドラインの枠組みを使った結果、本国(ドイツ)の政府が動いたことだった。
 最終的に会社側は、刑事、民事の訴えを取り下げたが、解雇自体は取り下げず、解雇金を支払った。警告書を受けた組合員に対し、警告書はなかったことにし、組合活動に対する抑圧は取りやめることで合意。会社側はCSR活動に組合を入れることで、労使関係を良くする事を決定した。

2016年5月20日 講演録

インドネシア労働組合総連合(KSPI/CITU)

全国労働組合(SPN)

会長兼CITU副会長 イワン・クスマワン・カリマン

 

1.インドネシアの労働情勢 (全般)

  2014年 2015年 2016年(見通し)
実質GDP(%)
(出典元)
5.02
(Kompasサイト)
4.71
(中央統計庁)
4.91
(Trading Economics)
物価上昇率(%)
(出典元)
8.95
(Suara Pembaruan)
3.35
(中央統計庁)
 
最低賃金(例)
(時間額・日額・月額)
(出典元)
時間 9,514ルピア
日額 66,600
月額 1,665,000
(リアウ諸島州知事決定)
時間 11,166ルピア
日額 78,160
月額 1,954,000
(リアウ諸島州知事決定)
時間 12,450ルピア
日額 87,148
月額 2,178,710
(リアウ諸島州知事決定)
労使紛争件数
(出典元)
77,700件
(労働省)
48,800件
(労働省)
1-4月 12,450件
(KSPI推定)
失業者数
(出典元)
724万人
(中央統計庁)
756万人
(中央統計庁)
 
法定労働時間
(出典元)
週6日勤務
 7時間/日
週5日勤務
 8時間/日

(労働法)
2003年第13号
週6日勤務
 40時間/週
週5日勤務
 40時間/日

(労働法)
2003年第13号

時間外割増率
最初の1時間+50%
それ以降 +100%
1日3時間、
週14時間以内に制限

(労働法)
2003年第13号

休日割増率 +100%

(労働法)
2003年第13号

*リアウ諸島州はバタム工業地域の所在地で典型的な例として挙げている。

 契約労働者、アウトソーシング労働者と呼ばれる下請け労働者、季節労働者、課内労働者など、いわゆる非正規労働者がかなり広がり、不安定な仕事で差別を受けている。

2.労働組合が直面する課題

 労働者の中には団結することの重要性を認識していない者がいる。労働組合結成の自由にも問題がある。また、経営者側にも、労働組合は敵であり企業を破壊させる存在だという認識がある。政府による間接的干渉もある。1企業の中での独立型の労働組合の形も多くなっている。最低賃金、業種別賃金、労働集約型賃金などの規定は実態として、現行の法規とそぐわない政策が実施されている。

3.課題解決に向けた取組み

 まず、労働者への啓発活動を実施している。具体的には、グループ討論会の開催、新聞・パンフレット・小冊子発行を通じた広報、国内外でのキャンペーンを行う。組合役員候補を含めた人材育成、コンセプトの明確化、ロビー活動、抗議行動、労働者や労働組合の力の集結などを行っている。

4.その他の特記事項

 インドネシアの労働者にとっては、政府により本来の法律や規定にそぐわない政策が行われ、未解決のまま放置されている問題が山積みである。政府の政策に対する国民の支持がない。
 また、アセアン経済共同体(AEC)が発足することによって、インドネシア人の仕事を外国人に奪われてしまい、インドネシア労働者の雇用状況が悪化し、最終的にインドネシアの失業者が抵抗を見せるようになるのではないかと懸念されている。

インドネシア福祉労働組合総連合(KSBSI)

商業・情報技術・金融関係労働組合(NIKEUBA)

会長 デディ・ハルディアント

 

1.ジャカルタの労働情勢

  2014年 2015年 2016年(見通し)
実質GDP(%)
(出典元)
5.59
(ジャカルタ州中央統計庁)
5.58
(ジャカルタ州中央統計庁)
 
物価上昇率(%)
(出典元)
8.95 7.38  
最低賃金
(時間額・日額・月額)
(出典元)
時間 12,205ルピア
日額 97,640
月額 2,441,000
(ジャカルタ首都特別州知事規則)
時間 13,500ルピア
日額 108,000
月額 2,700,000
(ジャカルタ首都特別州知事規則)
時間 15,500ルピア
日額 124,000
月額 3,100,000
(ジャカルタ首都特別州知事規則)
失業率
(出典元)
8.47
(ジャカルタ州中央統計庁)
7.23
(ジャカルタ州中央統計庁)
 

2.労働組合の直面する課題

 最大の問題は雇用契約自体に問題があることである。法律的には、労働契約に関して経営側と労働者が合意した内容を労働者が書面で受け取り、その写しを政府にも提出することになっているが、現実には労働者にも渡されず、政府にも提出されていない場合が多い。
 インドネシアでは新たに労働分野と医療分野を管轄する社会保障機関である医療保障実施機関(健康BPJS)と労務保障実施機関(労働BPJS)ができた。しかし、まだ問題が多く、うまく機能していない。
 賃金に関しては労働組合が政令第78号に反対する大運動を展開している。この法令によると、賃金はこれまでのような生活に必要な最低限の60品目の州毎の価格調査結果に基づくのではなく、単純にインフレ率と経済成長率(実質GDP)により決まることになる。この方式では、調査結果を反映させて交渉する産別の機能が失われ、賃金が労働者の関与しない方式で決定されることになる。

3.課題解決に向けた取組み

 まず一番の基本は、労使の話し合いの場を確保し、30日間両者で解決方法を探ることである。ただし、そのような話し合いの場すら経営者が拒むことがある。その場合は、労働組合側はこれを三者(政労使)協議の場に持ち込み、政府による解決を図る。30日経っても解決に至らない場合には、政府から勧告がでる。それでも解決に至らない場合は、裁判所に持ち込まれる。法律面では経営側と比べて労働側は弱い立場にあり、誰でも裁判に訴えることができるわけではない。労働者にとっては特に裁判には時間と費用の問題が大きい。2009年のジャカルタ労使関係裁判所の判決総数は362件で、原因は解雇問題が一番多い。
 二者協議がうまくいかない場合、もう1つの道は組合がデモのような行動に訴えることがある。デモを行う時は7日前までに地方労働局に届け出る必要があるので、その間、経営側に解決を促す意味もある。現実にジャカルタでデモを組織しようとすると、安全か確保などに費用もかかる。その前に解決ということは良くある。

4.その他の特記事項

 ジャカルタ特別州では、最低賃金に関して、知事が実質GDPよりも高い数値を採用すると言っている。全国一律でなく、それを上回る場合があると言うことになる。一部批判も出ているが、上回るのであれば法律違反にはならないという理解がなされている。