2019年インドの労働事情

2019年6月27日 講演録

 国際労働財団(JILAF)では、将来を嘱望される各国(フィジー、インド、ネパール、フィリッピン、スリランカ)若手労働組合活動家を招へいし、それぞれの国の労働運動に活かしてもらう観点から、日本の労働事情や建設的な労使関係などを学んでもらった。そのプログラムの一環として、各国の労働を取り巻く現状や課題などの共有化を図るため、6月27日(木)に「労働事情を聴く会」を開催した。
 以下は、その報告の特徴的概要をまとめたものである。

基本情報

 インドは南アジアに位置し、パキスタン、中華人民共和国、ネパール、ブータン、ミャンマー、バングラディシュと国境を接している。面積は日本の約9倍、328.7万平方キロと広大である。人口はおよそ13億4千万人(世界第2位)、この内72%がインド・アーリア族、25%がドラビダ族である。言語はヒンディー語(41%)、ベンガル語(8.1%)、テルグ語(7.2%)、ウルド-語(5%)など多様であるが、連邦公用語はヒンディー語、補助公用語は英語である。宗教はヒンドゥー教徒がおよそ80%、イスラム教徒が15%弱である。政治体制は共和制(2院制)をとっている。1947年英国から独立、1974年には核兵器を保有、3度にわたる印パ戦争も経験している。
 社会経済情勢だが、経済はサービス業などを軸に堅調な成長で推移している。(GDP成長率は、2016年7.1%、2017年6.7%)その経済構造は、GDP産業分野別比率(2016年)で、サービス業等62%、製造業等23%、農業等15%となっているが、労働人口産業別比率では、農業等が47%、サービス業等31%、製造業等22%となっている。モディ首相は製造業振興スローガン「メイク・イン・インディア」を掲げ、モノづくり強化で、雇用創出、技能の向上、研究開発の強化と技術革新を図り、輸出競争力をつけ貿易赤字の解消を目指している。2.5億人いるといわれる中間層の消費拡大が進む一方で、1日約1ドルで暮らす貧困ライン人口は4億人弱にのぼり、貧困が大きな問題となっている。1人当たりGDPは1939ドル(2017年)物価水準(消費者指数)は3.7%となっている。
 ナショナルセンターは12 を数える。(報告者)今回参加のHMS(約918万人、649組織・15連合会)、INTUC(約3470万人、26産業別組織・6426組合)とSEWAの3組織がITUCに加盟している。さらに、この内11ナショナルセンターは、政策課題に関する緩やかな組織として労組中央協議会CTUCC(Central Trade Union Coordination)を結成、政府への働きかけを協力して行っている。
(注)概要の概ねは外務省、JILAF情報。

インド労働者連盟(HMS)
イバグヤシュリ
サルマ ンド労働者連盟(HMS)デリー支部 中央執行委員

インド全国労働組合会議(INTUC)
クナル マハジャン

インド全国労働組合会議(INTUC) 委員

ソクリット クマール
インド全国労働組合会議(INTUC)ヒマーチャルプラデーシュ州 青年委員会 副委員長

 

労働を取り巻く現状と課題

[HMS]
1.組織の効率化・有効化が最大の課題
-不十分な人材管理(適正な能力・技能開発)・懸念される組合員の特権意識

 HMSが認識する最大の課題は(企業)組織の効率化・有効化である。この欠如こそが組合の組織強化を阻む原因にもなっているからである。JILAFプログラムに気付きを得たが、天然資源のない日本の復興の原動力が人材であったこととの対比からは、インドも人材のスキルを磨き、それをもってして国の活力を上げていかなければならない。
 インドでは、1926年に労働組合法が施行され、最低7人の組合員を有すれば登録できるようになった。ただ、登録時点で、当該組合が関係する施設又は工場において雇用されている労働者数の10%又は100名(いずれか小さい方)の労働者が組合員でなければならない規定になっている。こうして結成された組合の役割は、団体交渉、個別交渉の双方に取り組み、労働者が搾取されることを防止し、その立場を守ることにある。一方、労働を容易にし、企業の生産向上を目的とした労働関係法令も多く制定されている。こうして整備されてきた法令があるにもかかわらず、常に組合が抱えている問題がある。その内容こそが組織の効率化・有効化を阻む2つの問題点なのである。その1つは不十分な人材管理(適正な能力・技能開発)であり、今1つは懸念される組合員の特権意識である。
 不十分な人材管理(適正な能力・技能開発)という問題は、組織(企業)にその必要性認識が低いというところにある。どのようなスキルが必要なのか労働者に伝えていない。人材は組織の大切な資産であり、成功をもたらす力であるが、この管理コントロールが適切でなければ、組織が衰退していくという危機意識を持たなければならない。管理職は従業員の行動を理解、予測、管理し、適正な能力・技能の開発をすることが不可欠である。
HMSは、特に若年層を支援することで、労働者全体のスキルやメンタル面での改善・向上につながるよう企図している。また、能力開花を期待する人が適切な必要技能を習得できる職業訓練プログラムを提起している。
 懸念される組合員の特権意識という問題は、端的には労働者の保護を促す各種法令を自らの特権と勘違いし、濫用・悪用と見まごうような対応になっていることである。「労働市場が雇用者側に偏向している」という伝統的立考え方が故に、各種労働関連法がややもすると過剰な保護を促してきたのかもしれない。しかし、法に悪乗りする特権意識などは現に戒めなければならない。HMSは、組合員にそもそもの組合の目的や組合文化(モラル)の理解を図るよう、様々な意識改革プログラムを行っていく。また、硬直的(慣習に固執する)な労働市場に一石を投じる改善の取り組みもみられる。例えば、石炭・炭鉱関連産別では、与えられたポジションに居座る慣習的なあり方を廃するとして、リーダーを投票制で選択する対応が図られたことを紹介しておく。

2.問題の多い労働法の統合化-求められる公平な改正着地点

 直面する問題に労働法の統合化がある。労働市場の硬直化を防止するためにとの表向きの理由はあるが、44余りある法制が4つに集約・統合されることは改悪の方向といわざるを得ない。4つとは、賃金に関する規制、雇用関係・労使関係に関する規制、社会保障と福祉に関する規定、そして労働衛生及び労働条件に関する規定である。工場労働者に関しては、14余りの法律が適用されない状況が生まれることになる。総じて7割余りの労働者が何らかの悪影響を受けるとみられる。使用者側の利益の最大化と労働者の搾取の構図を容認することはできない。改める方向は、やはり労使双方に公平な着地点でなければならない。国際レベルで問題を浮き彫りにしていくため、他の組合とも共同戦線をはり対処していく。 

3.労働力人口の9割が非正規-変わらぬ雇用パターン

 インドの労働力人口は約4億8700万人を擁している。これは中国に次ぐ規模である。しかし、組織化されているのはわずかに2750万人、そのうち1730万人は政府や国有企業の雇用者である。特徴としてみれば、労働力人口の半数が農業や低生産性の事業に従事していること、約9割が非正規で劣悪な環境下で働いており、低生産性と低賃金という実態にあるということである。もちろんダイナミックな動きもある。それは、自由化やグローバル化という動きの中で、高学歴層を中心に新しい流れが起きてきていることである。とはいえ、雇用パターンはなかなか変わらない。ナショナルセンターへの役割期待は大なるものがあると認識している。

[INTUC]
1.多くの課題に直面する組合-求められる地道な対策の積み上げ

 インドの組合が直面する課題は山積している。まず、①小規模組合が圧倒的に多く、交渉力が弱いということである。当然ながら、②小規模がゆえに財政力も弱く、組合としての福祉活動も行えない状況である。また、③組合リーダーが政治と不可分な立場(どこかの政党に属しているなど)にあり、時として組合がその組合員を守ることよりも、政治指導者の方針に従ってしまうという事態が生じることである。今インドでは全ての政党が何らかの形で組合を利用しようとして介入してきている。選挙のために組合を利用しようとする政党もある。さらに、④技能、信条、宗教などのカテゴリーごと組合ができてしまい、乱立の状況となっている。その結果組合間対立や労働者間の軋轢を生むとともに、小規模化の元凶にもなっている。最後に、⑤知識を備えた労働者の不足を挙げておく。教育の欠如、人種・宗教・言語・カースト・移住による分断、自意識の欠如、非正規労働者の固定化などがもたらす結果が、知識ある労働者の不足を生み出し、組合運動を効率よく行うことを妨げている。この他にもいくつか見過ごせない課題がある。それは、▶登録組合の大多数が中央労働組合(CTU)に所属しない独立組合であること、▶民間セクターの大多数の労働者は組合に加入していないこと、▶大多数の労働者は組合未加入であり、季節労働者は組合に加入していないこと、▶契約労働者や外部委託(アウトソーシング)労働者は、常用労働者に施される各種給付の恩恵に浴していないこと、などである。
 挙げれば枚挙にいとまのない多くの課題だが、1つ1つを地道に取り組み、改善につなげていかなければならない。その取り組みを列挙すれば次の通りである。まず、①「組合員増加運動と労使の信頼構築」である。労働者へ絶えず運動への参加を呼び掛けることで小規模組合を大規模組合に変えていくとともに、労使の信頼関係を構築し、生産性向上による利益の生み出しにも貢献することである。次に、②「財政強化」である。組合が有効に機能するためには、健全な財務状況が不可欠である。新たな組合員を増やすとともに、寄付など他の資金調達手段を確立しなければならない。財政の改善は組合独自のサービス提供を可能にすることになるからである。さらに、③「政治の悪影響をなくす対策」である。政治の影響を排除するためには、組合として内部指導者・リーダーの擁立を図っていくことである。労使双方が協力してこの対策を講じるべきである。そのために必要なことは、▶経営側に対し内部指導者への迫害をゼロにすることを約束させること、▶指導力のスキル、経営技術・プログラムなど職業訓練を労働者に提供すること、▶組合の幹部や専任の執行部に特別休暇を認めること(組合活動のために仕事をしなくてもよいような特別休暇)、などである。4点目は、④「組合間対立の最小化対策」である。組合間対立を最小化するため、改めて1969年の全国労働委員会(NCL)の勧告を検討していく必要がある。その勧告内容とは、▶内部リーダーの育成強化によって政党と外部者の排除、▶唯一の交渉代表権者としての承認を通じた団体交渉の促進、▶組合承認システムの改善、▶組合保障の奨励、▶組合間紛争が組織内解決をみない場合、労働裁判所に紛争解決の権限を持たせる、の5点である。5点目は、⑤「統一労働戦線の構築」である。組合乱立によるエネルギーの浪費をさけ、他の登録組合と共同戦線を張ることを一歩進め、一種の労働党結成とそこへの国内全組合の加入を目指すべきである。そうすることで組合は十分な力を得ることになる。

2.先進国並みの労働環境へ-カギ握る政府と組合の協力

 インドの労働を取り巻く環境は他の開発途上国に比べ良好であるものの、先進国並みとなるにはほど遠い現状である。労働者の約94%は、家内労働、農業労働者など未組織セクターに従事しており、医療や社会保障給付を全く受け取っていない。多国籍企業の大半は労働法を遵守するものの、有期雇用契約者と正規労働者の労働条件(給与)には差があり搾取されている。また、多国籍企業以上に状況の悪いのが政府セクターで働く有期雇用契約者および外部委託による雇用者であり、金銭的給付や報酬支払の遅延という憂き目にあうこともある。
 インドが独立(1947年)した当時、社会保障は整備されておらず、労働環境は極めて貧しい状況であった。政府はこの改善を目指し、労働条件に関わる工場法(工場における労働時間や安全衛生について定めた法 1948年)、社会福祉に関わるEPF&MP法(労働者積立基金及び雑則法 労働者の退職後の生活保障のため、会社及び労働者に課された一定額の拠出義務を定めた法 1952年)、ESIC法(労働者州保険法 労働者の疾病、出産、業務上の負傷に関する給付のための基金制度を定めた法 1948年)、最低賃金法(1948年)などの立法化に尽力した。こうした改善が労働者階級の状況改善につながったことは間違いない。軌を一にして、当時いくつもの組合が結成され、この動きも改善を後押しすることとなった。こうした労使の努力を思い起こしながら、今日における労働状況の改善に向け、政府と組合は、かつてにも勝る協力のもとに取り組んでいかなければならない。