歴史的転換点を迎えるメキシコ (JILAFメキシコ調査報告)

アジア経済研究所名誉研究員
星野 妙子

はじめに

 メキシコはいま歴史的転換点を迎えている。そう考えるのはふたつ理由からである。
 第1に、2018年12月にメキシコ史上初めて左派政権が誕生したことがある。ロペス・オブラドール大統領が率いる左派政党、国民刷新運動(MORENA)は、上下院議席の過半数を獲得したことから、これまでできなかった法制度改革を進めている。そのひとつが2019年5月の連邦労働法の改正であった。
 第2に、30年来続いた米墨蜜月時代が、トランプ政権の登場により終わりをつげたことがある。トランプ政権は、メキシコの対米輸出生産基地としての成長の制度的よりどころとなってきたNAFTA(北米自由貿易協定)の改訂を強く求め、その結果、2018年9月に米国に有利な新たな協定USMCA(米国・メキシコ・カナダ協定)が3か国により合意された。
 メキシコにはNAFTAを前提に多数の日系企業が進出しており、連邦労働法の改正とNAFTAの改定は、当然、これら日系企業の活動にも大きな影響を及す。そこで以下においては、メキシコの労使関係の現状を理解するのに欠かせない知識として、次の三つの事項を取り上げ概説したい。一つ目はなぜ左派政権が誕生したのか、その政治的背景である。二つ目はなぜ連邦労働法が改正されたのか、その背景と改正の内容である。三つ目はNAFTAがメキシコ経済にどのような役割を果たしてきたのか、USMCAで何が変わり、それがメキシコ経済や日系企業にどう影響するとみられるのかである。これら三つの事項は、これから述べるように実は密接に結びついている。

1.左派政権誕生の背景

 21世紀に入りメキシコでは政権政党の交代が目まぐるしかった。2000年-2012年は右派政党のPAN(国民行動党)が、2012年―2018年は中道政党のPRI(制度的革命党)が、そして2018年の選挙では、左派政党のPRD(民主革命党)から分かれて結成されたMORENA(国民刷新運動)が、大統領選を制し政権を獲得した。4党のうちMORENAは 2014年に政党登録された新しい党だが、他の3党は歴史が古い。新興政党のMORENAが政権を獲得できた理由として、既成政党に対する国民の失望がある。2000年までおよそ70年続いたPRIによる一党支配体制と深いかかわりがあり、そこでまずPRI一党支配体制について説明し、次にその崩壊、言い換えれば民主化の進展と、MORENA政権誕生の経緯について述べよう。

PRI一党支配体制とは

 メキシコは1910年代に、各地の有力者に率いられた農民、労働者、中産層が改革を求めて武力で戦うメキシコ革命を経験した。戦乱終結後の1929年に革命勢力を集めて結成されたのが、PRI(当時の名称は国民革命党)であった。以降2000年まで、PRIはメキシコ革命を継承する党としてメキシコ政治に君臨した。
 長期にわたる政治支配が可能であったのは、1930年代に形成された独特の統治システムによるところが大きい。PRIは労働者、農民、中産層を支持基盤とする大衆政党である。党組織は労働部会、農民部会と、中産層を代表する一般部会の3部会から構成され、各部会の下には、メキシコの主要な労働組合、農民組合、公務員組合などが統合されている。選挙ともなればこの党組織が集票マシーンとして機能し、PRI候補は常に圧倒的多数で当選してきた。企業家は政党組織の外にあり、財界の利益を代表する政党としては、1939年に結成された万年野党のPANが存在した。
 大衆を傘下に取り込んだ党組織は、建前としては大衆の要求を政治に反映させるチャンネルとして機能するはずであったが、現実には、大統領と党総裁、3部会の代表など少数の有力者が牛耳る、上意下達のチャンネルとして機能した。政党・官僚組織・行政組織は有力者との個人的関係を軸に運営され、そのような組織運営は、非効率と腐敗を生んだ。大衆の支持をとりつけるための主な手段は、労働条件の改善、農地の分配、補助金の支給、地位や特権の供与などからなる「アメ」と、反対勢力に対する力による抑圧の「ムチ」であった。
 労働部会の代表権を独占したのが、CTMをはじめとするPRI系労働組合だった。第2次大戦後、PRI政権は輸入代替工業化を推進するが、労働現場の平穏を維持するために、急進的な労働運動を抑圧し、独立系労組の結成を阻止した。PRI系労働組合はその役割の一端を担い、見返りとして雇用と賃上げを保証され、年金、健康保険、住宅基金などの組織労働者向け社会福祉制度の恩恵に服した。労働運動の急進化の抑制と独立系労組の結成阻止に重要な役割を果たしたのが、政権による組合活動の統制と、非民主的な組合運営であり、その制度的裏付けとなったのが1936年に制定された連邦労働法だった。

PRI一党支配体制の崩壊と民主化の進展

 長年メキシコの政治的安定に寄与してきたPRI一党支配体制であるが、1982年に崩壊が始まる。崩壊の要因として次の2点を指摘できる。
 第1に、1982年に発生した対外累積債務危機と、その後の経済の再編である。政府は莫大な公的対外債務と財政赤字を抱え、「アメ」を分け与える余裕を失った。それどころか、IMF・世銀の指導により導入された経済再建政策で、賃上げの抑制、補助金の削減、公企業の統廃合民営化、公務員の削減等を行い、大衆に多大の負担を強いた。それらが大衆のPRI離れ、すなわち集票マシーンの機能不全をもたらした。
 第2に、非効率と腐敗、力による抑圧に対する国民の不満が徐々に高まり、1982年以前からPRI体制が行き詰まりの様相を呈していたことがある。政府が民主化への歩みを踏み出す契機となったのが、1968年メキシコ・オリンピック直前に起きたトラテロルコ事件であった。PRI体制を批判する大学生と市民の集会を軍が武力で鎮圧し、多数の死者を出した事件である。この事件はPRI体制の正統性の危機をもたらした。批判への対応として、1970年代前半にPRI以外の組織・政党の自由な活動が容認され、1977年には選挙制度改革が実施された。民主化の兆候は労働組合運動にも見られ、PRI系労働組合の非民主的な運営を批判して独立系労働組合が活動を開始したのも、1970年代であった。
 1982年以降、国内の公正・公平な選挙への要求と国際的な選挙監視、1990年代の選挙制度改革により、選挙民主主義が徐々に定着していった。その結果、PRIが選挙で圧倒的勝利を収めることが難しくなった。まず1989年に史上初めてPANの州知事が誕生して以降、PRIは知事選で敗れるようになった。1997年以降は連邦議員選で過半数を割るようになった。大統領選のPRIの得票率は1982年71%、1988年50%、1994年49%、2000年21%と急落した。そして2000年75%を獲得したPANへの政権交代が実現した。PRIは2012年に大統領選を制し政権を奪還するが、得票率は38%に留まり、PAN、PRDとの厳しい選挙戦を経た末の勝利であった。

ロペス・オブラドール政権誕生の背景

 ロペス・オブラドールは、もとPRI党員であるが、PRIを離党した有力者たちが1989年に左派政党PRDを結成した際に、PRIを離れPRDに入党した。2000年-2006年にPRD選出のメキシコ市長となった後、2006年と2012年の大統領選にPRDから出馬したがいずれも2位に甘んじた。2012年大統領選後に路線対立からPRDを離党し、MORENAを結成。そして2018年に、得票率53%で念願の大統領職に就いた。
 ロペス・オブラドールの大統領選勝利は、敵失による勝利といっても過言ではない。敵とは民主化後のPAN政権とPRI政権、失態とは両政権とも汚職と麻薬組織犯罪を深刻化させたことがある。
 2000年以降、選挙民主主義は実現したが、その質には問題があった。PRI、PAN、PRD三つ巴の選挙戦が激化し、選挙資金がらみの汚職や票の買収、さらには選挙への麻薬犯罪組織の介入などが問題化し、政権に対する有権者の不信感が高まっていた。不信感の高まりに拍車をかけたのが、麻薬犯罪組織の拡大による治安の悪化であった。
 麻薬犯罪組織はPRI一党支配下にも存在していた。政権と麻薬犯罪組織の間には、賄賂の支払いと国内で麻薬を密売しないかわりに、米国への麻薬密輸を容認するという密約が存在したという。民主化による政権交代により、この密約が不確かとなった。一方、1990年代に米国への麻薬密輸ルートを支配するコロンビアのカルテルが弱体化し、メキシコの組織に拡大のチャンスが訪れた。さらに米国での銃規制緩和により銃の密輸が急増し、組織の武装化が進んだ。その結果、麻薬犯罪組織間の抗争が激化した。2006年に誕生したPANカルデロン政権は、軍隊を動員した大規模な麻薬犯罪組織の掃討を実施したが、組織を分裂拡散させ、かえって組織間抗争を激化させ、市民を標的にした麻薬密売、誘拐、恐喝、窃盗などの犯罪を深刻化させる結果となった。2012年にPANから政権を奪還したPRIペニャ・ニエト政権は、有効な対策を打てず、治安をさらに悪化させた。
 汚職と麻薬組織犯罪を解決できないPANとPRIを見限り、有権者はロペス・オブラドールとMORENAに賭けたといえる。

2.連邦労働法の改正

 1980年代以降、メキシコ政府は輸入代替工業化から輸出工業化へと成長戦略を転換し、従来の保護主義を改め、貿易と外国直接投資の自由化、公企業民営化、規制緩和を進めた。経済再編の過程においては、企業の倒産やリストラにより失業者やインフォーマル就労者が増加し、インフレで実質賃金は低下した。また、経済再編は労働組合運動の再編を引き起こし、PRI系労働組合の統制を離れた独立系労働組合が勢力を伸ばした。
 輸出工業化は進展したが、今に至るまで賃金の低迷は続いている。それにもかかわらず労使交渉の紛糾やストは増加しておらず、労働現場は概して平穏に保たれてきた。
 それはなぜなのか。答えは、政権による労働組合の統制とPRI系労働組合による非民主的な組合運営が、PRI体制崩壊後も維持されたためである。その制度的裏付けとなったのが連邦労働法であった。
 連邦労働法改革が進むのは2012年以降である。改革がなぜ遅れ、なぜ2012年以降に進んだのか。連邦労働法の主な改正点はどこにあるのか。次に述べよう。

なぜ連邦労働法の改正が遅れたのか

 連邦労働法の改正が遅れた要因として第1に上げられるのは、輸出工業化推進のために外国企業を誘致するのに、低賃金と平穏な労働現場を可能にする旧来の制度が、政権にとって都合がよかったということがある。ここで旧来の制度について少し詳しく説明しよう。
 まず政権による労働組合の統制についてである。統制の主な手段としては労働省の承認権を介した統制と、労働省と労使の代表から成る三者委員会を介した統制が重要である。労働省は労働組合の設立、定款、代表者、団体労働協約などの法的登録と更新の承認権を握り、承認を拒否することにより、労働組合を統制した。三者委員会で重要なのがスト権の成立・執行を裁定する労働調停仲裁委員会と、最低賃金を決定する全国最低賃金委員会である。これら委員会ではPRI系労働組合のCTMが、労働代表の過半を占めてきた。スト権と最低賃金では本来、労働者と使用者の利害が対立するので、決定を左右するのは労働省となる。外国企業誘致のために低賃金と平穏な労働現場を求める政権は、使用者寄りであった。そのため、賃金交渉の基準となる最低賃金の上昇率はインフレ率程度に抑えられ、スト権の成立・執行も抑えられてきた。
 次にPRI系労働組合による非民主的な組合運営についてである。労働組合の執行委員や代表は一般組合員の選挙によるのでなく、上部組織や幹部による指名で決まった。幹部は固定化し、組合のボス支配や資産の私的流用が横行した。団体労働協約は一般組合員の合議と投票によらず、組合幹部と使用者の間で決定された。組合員であることを雇用条件とするクローズド・ショップ制がとられていたために、組合執行部に反対する勢力は排除された。
 以上のような組合運営実態を前提に、使用者とPRI系労働組合の間で結ばれてきたのが、「保護協約」と呼ばれる労働協約であった。「保護協約」とは、特定の組合の加入者のみを労働者として新規採用するとの規定を含む労働協約である。企業設立時まず、登録認可された労働組合と使用者が保護協約を結び、その後に従業員=組合員を採用することが行なわれてきた。「保護」とは過激な労働組合からの企業の保護を意味した。日系企業を含む外資系企業の多くは、メキシコに進出する際にCTMと「保護協約」を結んできた。
 連邦労働法の改正が遅れた要因として第2に上げられるのは、議会がPRI、PAN、PRDの三党分立状態となり、労働界では独立系労働組合が台頭したために、合意形成が難しかったことがある。連邦労働法の改正は二つの方向性から議論された。一つは新しい労働実態、すなわち、輸出工業化のもとで進んだ雇用の柔軟化に見合う連邦労働法への改正である。この方向での改正を求めたのは財界とPANである。もう一つが政権による労働組合の統制と非民主的な労働組合運営を是正する改正である。この方向での改正を求めたのは独立系労働組合とPRDであった。

なぜ連邦労働法の改正が2012年以降進んだのか

 連邦労働法の改正が始まるのは2012年、PANカルデロン政権終了間際である。
 2012年の改正は、第1の方向性の改正であった。改正が実現したのは、PRIがPANに歩み寄り、議会での法案可決が可能となったためである。PRIが協力したのは、第1に、政権奪還が確定していたため、財界との良好な関係を保ちたかったこと、第2に、CTMの反対で第2の方向性の改正は難しかったが、第1の方向性ならば妥協できたことがある。2012年の改正内容については後述する。
 第2の方向性の改正は、PRIペニャ・ニエト政権下(2012年-2018年)に始まる。CTMに打撃となる改革にPRI政権が着手した背景には、2016年に署名したTPPやトランプ政権主導のNAFTA再交渉において、メキシコに、ILO98号条約に則った労働制度改革が義務付けられたことがある。改革の第1歩として、2017年2月に憲法の労働に関わる条文が改正された。憲法改正を受けて、施行法である連邦労働法のPRI改正案が議会に上程されたが、大統領選挙前であったことから廃案となり、連邦労働法の改正はロペス・オブラドール政権に引き継がれた。
 2018年7月の選挙で、MORENAは連邦上下院議会で過半数を獲得したため、連邦労働法改革は急進展する。まず、連邦議会で2018年9月 ILO第98号条約が批准された。PRI政権末期に行われたNAFTAの改訂交渉には、次期ロペス・オブラドール政権の閣僚予定者も参加した。2018年に11月に署名された新協定USMCAは、労働に関する補完協定で、労働者の結社の自由や団体交渉権を保障する労働法制改革を、2019年1月1日までに実施することを義務づけていた。補完協定の内容を踏まえてMORENA主導で作成された改正案は、2019年4月中に連邦議会で可決され、5月1日に改正連邦労働法として公布された。

連邦労働法の主要な改正内容

 2012年の連邦労働法の改正は、実態として進んでいた雇用の柔軟化に対応した改正であった。従来の連邦労働法では原則、雇用期間は無期限で、期間限定の雇用や試用期間は認められていなかった。合法的な期限付き雇用の方法として、人材派遣会社の利用があるが、人材派遣の定義が不明確なため、企業が、メキシコ独自の制度である労働者利益分配制度の運用で、分配金支払いを節約するために人材派遣会社を利用しているとの批判があった。
 2012年の連邦労働法の主な改正内容は次のとおりである。第1に、試用期間、研修制度、時間給などについての従来にない新しい規定が加わった。第2に、期限付き雇用に近い雇用形態として、1年の特定時期、週の特定日のみの労働を条件とした雇用契約が可能となった。第3に、人材派遣の定義を明確化し、労働者の権利削減を目的に派遣会社を利用することを禁止する規定が加わった。この他に、労働組合の民主化に道筋をつけた重要な変更として、クローズド・ショップ制の変更がある。従来の規定では、使用者は組合を除名された労働者の解雇を義務付けられていたが、この規定が廃止された。ただし労務協約に新規採用には組合の加入者のみを採用すると規定すること、すなわち保護協約の締結は可能とされた。
 2019年の連邦労働法の主な改正内容は次のとおりである。
 第1に、これまで政権の労働組合統制の重要な手段となってきた労働調停仲裁委員会が廃止され、労使紛争の裁定は行政から司法へ移行し、新設される連邦・州の労働裁判所が管轄することになった。別に、労働組合の法的登録と裁判の前段階の和解調停を担う機関として、連邦労働調停登録センター(以下登録センター)が新設されることになった。登録センターには労働組合の定款や団体労働協約、会計報告などの登録が義務づけられ、登録の条件や内容が詳しく規定された。
 第2に、非民主的な労働組合の運営を是正する様々な規定が加わった。使用者の労働組合への干渉が禁止され、労働者の労働組合への加入の自由が規定された。組合執行部と代表の選出については、自由・秘密・直接投票による選挙で選出され、任期は有限とされた。労働組合の定款には、執行部・代表の選挙手続き、投票権を持つ組合員の名簿、執行部・代表の任期、再任手続き、組合資産、団体労働協約の締結・改訂の承認手続きなどの規定を含み、2020年1月1日までに現行の定款の見直しが義務付けられた。団体労働協約の交渉権は、登録センターが発行する有効期限6か月の証書を持つ労働組合に限られることになった。証書の入手には、団体労働協約の対象となる労働者の少なくとも30%の支持を証明する署名が必要とされ、30%以上の支持を集めた組合が一つの企業に二つ以上存在する場合は、労働者の自由・秘密・直接投票で多数を得た組合が交渉権を得るとされた。団体労働協約の妥結には、協定の対象となる労働者の自由・秘密・直接投票による過半の賛成が必要とされた。団体労働協約は少なくとも4年に1回、賃金協約は2年に1回見直しが義務づけられた。このほか、組合総会での会計報告の承認の必要、給与からの組合費の自動徴収の中止を要求する組合員の権利が明記された。
 以上の内容から、政権による労働組合の統制と労働組合の非民主的な運営の是正のための法的条件は整ったといえるだろう。ただし是正の実現には多くの課題が残されている。新設機関の業務開始は、法律の公布(2019年5月1日)から数えて、連邦労働裁判所が州は3年後、連邦は4年後、登録センターの登録業務は2年後、調停業務は州が3年後、連邦は4年後と定められている。この間に予算を確保し、人材を育成し、登録システムを構築する必要がある。懐具合が苦しいロペス・オブラドール政権にとって、実現のハードルは非常に高いといえる。この他にも、利権の存在、使用者の独立系労組台頭への恐怖心、権威主義を受容する労働文化など、実施を阻む多くの要因が存在する。連邦労働法の改正で、CTMと独立系労働組合の力関係、労働組合幹部と一般組合員の力関係は大きく変わることが予想される。それに伴い日系企業を含む使用者と労働組合の関係も変わらざるをえない。それぞれの主体が、どのような関係をどのような方法で築いていくのか模索の最中であり、新しい労使関係をめぐる試行錯誤がこれから始まるといえる。

3.NAFTAからUSMCAへ

 メキシコ政府は1980年代に貿易と投資を自由化し、輸入代替工業化から輸出工業化へと発展戦略を転換させた。NAFTAは対米輸出生産基地としてのメキシコの競争優位を高め、輸出工業化の原動力となった。メキシコ経済へのNAFTA効果で最も重要なのが、輸出産業としての自動車産業の成長であり、トランプ政権がNAFTAの改正を求める理由もこのことと関係している。以下では主に自動車産業に焦点をあてて、メキシコ経済へのNAFTA効果とトランプ政権がNAFTAの改訂を求める理由を述べ、次にUSMCAで何が変わるのか、さらに、USMCAのメキシコ経済や日本企業への影響について、見通しを述べよう。

NAFTAとメキシコ自動車産業

 NAFTAの前身は、1988年に米国とカナダの間で発効したカナダ・米国自由貿易協定である。メキシコのPRIサリナス大統領(1988年-1994年)が米国に二国間貿易協定の締結を打診し、カナダを含めた3国の自由貿易協定とすることが合意され、1994年1月1日に発効した。目的は3か国間の貿易の自由化で、EUとの違いは域外共通関税、労働力移動の自由化、経済政策の協調を含まない点にある。関税撤廃は品目ごとの4つのスケジュールで実施され、2008年に全品目の関税撤廃が完了した。NAFTA締結は1980年代に始まるメキシコの貿易と投資の自由化の仕上げであり、経済自由化政策に後戻りはないというアナウンス効果と、対外関係を巻き込むことによるロックイン効果を持った。
 NAFTAによってメキシコの対米貿易額は右肩上がりで増加した。特に貿易額が増えたのが工業製品であり、中でも自動車と部品の増加がめざましかった。その背景には北米自由貿易圏の形成を受けて、自動車産業のサプライチェーンが北米規模で再編されたことがある。
 再編の特徴は、各国の比較優位に応じて、完成車の組み立てと部品製造の拠点を再配置し、3か国で製造する製品を差別化し、相互に供給しあうようになった点にある。メキシコの比較優位は賃金コストの低さにある。そのためメキシコは、低価格帯の小型乗用車・軽トラックの組み立てと労働集約的な部品の生産拠点となった。メキシコには輸入代替工業化期に米国ビッグスリーとフォルクスワーゲン、日産の5社が進出していたが、これら企業が対米輸出向け生産への投資を拡大するとともに、投資の自由化を受けて米欧と日本の部品会社が進出した。
 メキシコ自動車産業の成長は2010年代に加速化する。その背景には、リーマンショック後の世界の自動車会社間の競争激化があった。メキシコの低い賃金コストと米国に隣接する地の利にひかれ、日本、ドイツ、韓国の自動車会社が新たに進出した。完成車の生産規模拡大に伴い、日本を含む先進諸国の部品会社も大挙してメキシコに進出した。
 米国向けの完成車・部品の輸出は、成長の加速化により、2010年代に急増した。乗用車・軽トラックの対米輸出台数は2010年の128万台から2018年の257万台へと倍増している。それに対し米国からの輸入は同じペースでは伸びなかったため、メキシコの完成車・部品の対米貿易黒字は拡大した。
 サプライチェーンの北米規模での再編は、米国から見れば、米国中西部から米国南部とメキシコへの自動車・部品の生産拠点の南下の動きであった。生産拠点の南下を促したのは、米国中西部の高い賃金と全米自動車労組の存在である。このような状況が、トランプ大統領の関心をメキシコとNAFTAに向かわせたといえる。曰く、メキシコは米国に巨額の貿易赤字をもたらした。メキシコは米国のラストベルトの住民から仕事を奪った。これらの厄災の原因はNAFTAであり、そのような協定は見直さねばならないというわけである。

USMCAで何が変わったのか

 トランプ大統領は選挙キャンペーン中からメキシコを名指しで批判し、NAFTA見直しを主張してきた。2017年1月に大統領に就任するとその実現に向けて動き出し、7月には3か国が見直しに合意し、8月から交渉を開始した。交渉は難航したが、2018年11月30日、ペニャ・ニエト政権の最終日に3か国の合意文書署名にこぎつけた。
 メキシコ・米国間の交渉で最も注目されたのが自動車産業をめぐる交渉だった。結果は、米からの協定破棄の脅しに対し、協定を維持し外国企業を誘致したいメキシコが譲歩したことから、米国の要求がほぼそのまま反映される内容となった。
 自動車産業に関する取り決めで注目されたのは、無関税輸出の条件となる原産地規制であった。その主な変更点は次のとおりである。以下の4点のうち、第2以降が新しく加わった規定である。
 第1に、乗用車・軽トラックの域内付加価値が従来の62.5%から75%に引き上げられた。算出方法が変更されたため、従来の算出方法に換算すれば引き上げ幅は数字が示す以上のものとなった。
 第2に、基幹部品に指定されたエンジン、トランスミッションなどの重要7品目は原則域内原産で、かつ75%の原産地規制を満たすことが義務づけられた。
 第3に、乗用車の40%、トラックの45%の付加価値生産は、労働者の賃金が時給16ドル以上の地域で行うことが義務付けられた。時給16ドル以上とは、事実上、米国・カナダでの生産を意味する。
 第4に完成車メーカーが購入する鉄鋼・アルミ・ガラスの70%は北米産とすることが義務付けられた。
 このほかに協定書に添付されたサイドレターで、米国通商拡大法232条に基づく自動車と部品への追加関税を、メキシコに対しては、軽トラックと年間260万台までの乗用車、1080億ドルまでの部品について対象外とすることが規定された。示された台数、金額までには今のところかなりの余裕がある。とはいえこの規定は将来の成長に上限を課すことを意味する。この限度内で原産地規制をクリアーできない場合、乗用車の対米輸出には従来からの2.5%の関税が課される。
 協定発効後の3年間を移行期間とし、この間に4段階で原産地規制が引き上げられることとなった。

メキシコ経済や日系企業への影響

 USMCAはメキシコ経済にどのような影響を及ぼすだろうか。
 第1に、すでに明らかな影響として、前項で述べたように、補完協定でメキシコの労働法制改革を義務付けたことによって、USMCAはメキシコ労働者の労働条件と労使関係に変化を促す起爆剤となったという点がある。2019年1月1日、ロペス・オブラドール政権で初めて最低賃金が改定され、最低賃金は外資系企業が集積する北部国境地帯とその他の地域に二分されることになった。引き上げ率は後者の前年比16.2%増に対し、前者のそれは100%と破格であった。前者はドル換算で、日給でおよそ9ドルとなる。外資系企業の労働者の賃金水準は最低賃金の2-3倍といわれているが、それでも先に上げた賃金条項の時給16ドルに遠く及ばない。しかし今後、団体交渉に労働者の声が反映されやすくなることを考えれば、この数字が、労使交渉での賃金引き上げの圧力材料となることは、十分にありえよう。
 第2に、リーマンショック後に顕著だった、米国からメキシコへの自動車・部品の生産拠点の南下の動きが止まり、場合によっては北上へと逆転することが考えられる。原産地規制の強化により域内産部品の需要が増し、部品会社の投資が拡大することが予想される。メキシコがUSMCAの不利な条件を受け入れたのは、外国投資の流入を維持したいためであった。その意味では原産地規制の強化はメキシコの利益を損なうものではない。問題は、メキシコが今後、投資先に選ばれるか否かである。賃金条項の存在、部品の対米無関税輸出への上限額の設定、労使関係の先行き不透明感は、メキシコへの投資の誘因を減じる役割を果たすと考えられる。
 第3に、米国に有利に原産地規制が変更されることで、アジアやヨーロッパの自動車産業に対し、北米自動車産業の価格と品質面での競争力が低下し、当然メキシコもそれに巻き込まれることになろう。原産地規制の強化により、北米域外から域内への部品・素材調達先の転換が進むことが予想される。企業がこれまで北米域外から調達してきたのは、価格あるいは品質上の理由から、域外が望ましいと判断したためであった。例えば、米国産の自動車用鋼鈑は、日本製、韓国製に比べて品質が劣ると言われている。鉄鋼の70%の域内産使用義務は、事実上、70%の米国産使用義務を意味する。企業は高品質の日本や韓国産の鉄鋼の輸入をやめ米国産を使用するか、高い関税を払い輸入を続けるかの選択を迫られることになるが、いずれにせよ、メキシコを含めた北米製完成車の競争力を削ぐ結果となろう。
 USMCAはメキシコに進出する日系企業にどのような影響を及ぼすだろうか。
 メキシコに進出する日系企業の多くが自動車関連企業である。外務省統計によれば日系進出企業数(拠点数)は2008年に384社に過ぎなかったのが、2018年までに1182社へと急増した。その大半が、自動車・部品製造を中心とする自動車関連部門への進出であった。
 メキシコに進出する日系自動車会社は、日産、ホンダ、トヨタ、マツダの4社である。USMCAの影響は、自動車会社ごとに異なる。北米での事業経験が浅く、サプライチェーンの構築が遅れている自動車会社には、原産地規制、なかでも重要部品7品目を原則域内産とするという規制の影響は深刻であり、域内調達先の開拓が喫緊の課題となる。この点は日系企業に限らず、2010年代にメキシコに進出したドイツ系と韓国系の自動車会社にとっても同様に喫緊の課題となろう。
 日系部品会社にとっては、原産地規制の強化は域内需要の拡大を意味し、それ自体は好材料であろう。ただし付加価値算定方式の変更や鉄鋼などの70%域内産使用義務によって、部品会社自体もこれまで輸入していた素材や部品の域内調達先の開拓を余儀なくされるだろう。また価格や品質をめぐり顧客との難しい交渉を強いられるだろう。
 メキシコに進出する日系企業は、労使関係の見直しとサプライチェーンの見直しというふたつの難題を抱えている。対応が難しいのは、いずれも政治という、企業の主体的努力を超えた要因の影響を強く受け、そのため先行きの予想が難しいためである。歴史的転換期ゆえの視界不良の状況が、しばらくは続くと考えられる。