各国労使関係調査 メキシコ調査

 「各国労使関係調査」は、労使関係等に関する各国の最新情報を、ウェブサイトなどを通じて共有することで、国内外を含めた建設的な労使関係、および健全な労働組合の発展等に貢献することを目的として実施しています。
 とりわけ日系企業・事業所の進出が多く、労働関係者にとって関心の高い国を調査対象国として設定し、当該国の労働事情等に精通している専門家へのヒアリングや現地調査等を通じ、情報収集・分析を行なっています。

  メキシコは2018年12月にロペス・オブラドール新政権が発足しました。ロペス・オブラドール氏はメキシコシティ知事時代に、年金プログラムや地域食堂、奨学金、母子家庭支援、公立大学の創設等、多くの社会政策を実行しました。ポピュリストとの批判も受けましたが、当時の支持率は概して高く、知事任期の終盤には85%に達したといわれています。

  現在、ロペス・オブラドール政権は、労働政策として最低賃金の引き上げ、産業別団体交渉を促進する新機関の設立、公正な賃金を支払う企業への「公正な労働証明書」の発行などを掲げています。メキシコと同じく2018年に大統領選挙があり、右派ボロソナロ新政権が発足したブラジルの動きと併せ、中南米地域の政治経済および労働状況を考察する上で、今後の動向が注視されています。

  新政権下で行われた労働法の改正によってメキシコの労働状況、とりわけメキシコに進出する日系企業がどのような影響を受けるか等を中心に2019年7月、現地ヒアリング調査を実施しました。

  本報告は現地ヒアリング調査、およびJILAF招へい中南米チーム(2018年11月、2019年10月招へい)の労働事情を聴く会にて発表された内容や文献調査をもとに作成しています。

  尚、現地ヒアリング調査にあたっては、専門家として星野 妙子 独立行政法人日本貿易振興機構(JETRO)アジア経済研究所名誉研究員に全般にわたって協力いただきました。星野氏にはメキシコの政治や連邦労働法改正とその歴史的な背景等について執筆いただきましたので、併せてご照覧ください。

メキシコ労使関係調査

はじめに

 この度の調査対象国をメキシコとしたのは、メキシコへの日系企業の進出の増加に加え、2018年に新たに政権を握ったロペス・オブラドール氏の政策の視点が労働者や貧困層に向けられているためである。ロペス・オブラドール氏がメキシコシティの知事時代に実施した政策は、年金プログラムの創設や地域食堂の運営、奨学金の設立、母子家庭支援など、一定の成果を上げたことで、当時のメキシコ市民の支持率は非常に高かった。これらは日本にも共通する喫緊課題である。
 ロペス・オブラドール政権の誕生は、旧政権が麻薬組織を一掃できず深刻化する治安問題や汚職問題が山積する現状に国民が失望し、新しい可能性にかけたためといわれる。メキシコに限らず、国民が新しい可能性を希求して政権が交代する動きは、アメリカをはじめ、世界各国でみられる。極右ポピュリズムと言われる米トランプ政権のような自国の利益のみ優先させる方針は一般国民からの理解を得やすい。メキシコと並ぶラテンアメリカの大国ブラジルでは、ブラジルのトランプといわれる極右のボルソナロ政権が誕生し、国際協調を基本路線とするドイツ、フランスがけん引するEU諸国でも、反EUや反移民など排外主義を唱える急進的な右派政党が支持を伸ばしている。
 一方、メキシコのロペス・オブラドール政権は左派ポピュリズムといわれることもある。国内の緊急課題への対応を優先させるとして、ロペス・オブラドール大統領は大阪で開催されたG20サミットや7月初めにペルーのリマで開催された太平洋同盟首脳会議に欠席した。倹約のため、大統領専用機など、政府が保有する航空機やヘリコプターの売却を即決し、就任以来、外遊は一度もしていない。
 グローバル化が進展する一方、拡大する自国最優先主義はどこへ向かうのか。極右トランプ政権とは真逆の左派であるが、ポピュリズムといわれる点では同じく自国を優先する政策をとるロペス・オブラドール政権誕生に伴う労働分野での影響を含め、現地調査を行なった。

1.基本情報(国の概況、歴史と政治、経済発展の状況等)

(1)基礎データ
国 名 メキシコ合衆国 United Mexican States
面 積 196万平方キロメートル(日本の約5倍)
人 口 約1億2,920万人(2017年国連)
言 語 スペイン語
民 族 欧州系(スペイン系等)と先住民の混血(60%)先住民(30%)欧州系(スペイン系等)(9%),その他(1%)
宗 教 カトリック(国民の約9割)
政 体 立憲民主制による連邦共和国
元 首 アンドレス・マヌエル・ロペス・オブラドール大統領(2018年12月1日就任,任期6年)
議 会 二院制(上院128議席(任期6年),下院500議席(任期3年))
行政府 国家再生運動(MORENA)、労働党(PT)、社会結集党(PES)による与党連合
「共に歴史を作ろう(Juntos Haremos Historia: JHH)」(中道左派)※首相なし

(外務省メキシコ基礎データ https://www.mofa.go.jp/mofaj/area/mexico/data.html

(2)国の概況

 メキシコは北米大陸南部に位置し、全土の3分の1は東西のシエラマドレ山脈に挟まれた平均高度1700mのメキシコ高原。北部は高温乾燥の砂漠気候、東西の海岸は熱帯サバナ気候、中央高原はステップ気候、ユカタン半島には熱帯雨林気候もみられる。5~11月が雨季である。
 人口は約1億3000万人弱と日本の人口と同様の規模であるが、国土は日本の約5倍あり、メキシコシティなどの都市部以外は、人口密度が比較的低い。都市化率は2015年に79.2%と高く、最大の都市であるメキシコシティには約900万人が居住している。
 石油や銀などの豊富な地下資源を有し、国土面積、人口、経済規模から世界の大国の一つであり、経済協力開発機構(OECD)に加盟している。
 同国は、300年に渡るスペインからの植民地支配を受けた歴史を持つ。植民地支配以前は、独自のアステカ文明やマヤ文明が発達していた。1810年に独立運動が勃発、1821年に独立。1911年のメキシコ革命で民主化が始まり、経済的にも発展しつつある一方、国民の約43%が貧困層(IMF Country Focus 2018)に属している。「カルテル」と呼ばれる武装組織が絡む犯罪や汚職、麻薬の利権を巡る武力抗争などが頻発しており、貧困層が「カルテル」の労働力として巻き込まれ、一般市民の日常生活にも影響を及ぼしている。
 メキシコへの日系企業の進出は2010年以降3倍に急増した(外務省統計2010年約400社、2017年には約1000社)。急増した主な進出先はグアナファト州である。グアナファト州はメキシコシティから飛行機で約1時間のメキシコ中央エリアの農業地域であったが、マツダが進出を決定して以降、日系サプライヤー等の進出が続いている。

(3)政治状況

※メキシコの政治状況については、「歴史的転換点を迎えるメキシコ」(星野 妙子 アジア経済研究所名誉研究員 調査協力・執筆)をご参照ください

(4)経済状況
基礎的経済指標

項目

2016年

2017年

2018年

実質GDP成長率 2.9(%) 2.1(%) 2.0(%)
名目GDP総額 20,118(10億ペソ) 21,897(10億ペソ) 23,518(10億ペソ)
一人当たりの名目GDP 8,815(ドル) 9,377(ドル) 9,807(ドル)
鉱工業生産指数伸び率 0.4(%) △0.3(%) 0.2(%)
消費者物価上昇率 3.4(%) 6.8(%) 4.8(%)
失業率 3.9(%) 3.4(%) 3.3(%)

出典:日本貿易振興機構(JETRO)https://www.jetro.go.jp/world/cs_america/mx/stat_01.html

 主要産業は食品、飲料、タバコ、薬品、鉄鋼、石油、鉱業、衣料品で、銀の産出量は世界一。  輸出品目は、自動車および同部品 25.7%、電気・電子機器 18.5%、原油 11.3%で、輸出相手国はアメリカが圧倒的な位置を占めており 78.8%となっている。

(5)労働関連状況
1)基礎データ
総人口 123,675,351人
15 歳以上の人口 91,512,562人
労働力人口 54,369,915人
就業者数 52,438,646人
失業者数 1,931,269人

出典:国立統計地理院(INEGI)2018年

 労働力人口は総人口の約4割強を占める。失業率は3.4%(2017年)と比較的低い。メキシコ国立統計地理院によると、就業者数は5,200万人強(62%が男性で38%が女性)のうち、インフォーマルセクターで働く労働者は28%にのぼっており、その大半が女性である。また、男女間の賃金格差は20%であるが、女性の多くがインフォーマルセクターで働いていることが影響していると考えられる。

2)労働政策

 2018年12月1日に就任したロペス・オブラドール政権発足後、大統領選の当選直後7月3日に行なった記者会見にて、「2019年予算の編成については選挙公約を盛り込むとし、最低賃金の引上げ、年金給付額の引き上げや、若者の教育、労働者の権利保護対策を取り入れる」と述べた。また、財源の確保については、高級官僚の給与カットおよび大統領の給与を半額以下とすることを公言した。

3)最低賃金
図表1 一般工職(ワーカー)月額賃金比較(中南米)

出典:日本貿易振興機構(JETRO)「2018年度 中南米投資関連コスト比較調査(2019年3月)」よりJILAF作成

 図表1に示されるように、メキシコの賃金はブラジルなどの中南米各国と比較しても低い傾向にある。JETRO中南米投資関連コスト比較調査によると、一般工職に限らず、エンジニアや中間管理職など全般的に低い。

 「ロペス・オブラドール政権に替わり、最低賃金の大幅な引き上げが実施された。全国最賃評議会(CONASAMI)は、最低賃金を現行の88.36ペソ(日給/約4.5USドル)から102.68ペソ(約5.2USドル)へ増額、さらに、北部国境地域に新たな特別最賃区域を設置し、同区域については176.72ペソ(約9USドル)にすることを発表した。新たな最低賃金は2019年1月1日より施行されている。」

出典:独立行政法人労働政策研究・研修機構  https://www.jil.go.jp/foreign/labor_system/2018/12/mexico.html

4)ILO条約の批准状況
メキシコ合衆国のILO条約批准

 連邦労働法の改正はILO第98号条約(団結権および団体交渉権条約)批准(2018年9月)などにもとづき、国内法を整備するために実施された。

5)労働組合の組織と活動

 メキシコにはITUC加盟の労働者全国連合(UNT、組織人員18万名)、メキシコ労働者全国会議(CNT、組織人員約6千名)の他、メキシコ労働組合連盟(CTM、組織人員150万名/2018年12月ITUC除名)、労働者農民革命連盟(CROC、組織人員125万名)などのナショナルセンターが存在する。(組織人員:2016年12月現在ITUC加盟組織情報参照)

 20世紀初頭に設立された労働組合全国組織(ナショナルセンター)は政府の保護のもとに政府寄りの方針に傾く傾向がある。そうした中で、労働組合設立の過程が不透明であることや汚職など、多くの問題が発生してきた。他方、新しいイデオロギーの潮流を受けたナショナルセンターや労働組合の結成は困難が伴うことが多く、その背景には、経営者が独立した民主的な労働組合の設立や存在自体に反対し、経営側寄りの労働組合を守ろうとする現実がある。
(2018年7月JILAF中南米チーム労働事情を聴く会より)

6)日系企業・事業所の状況

 メキシコへの日系企業進出状況(外務省「海外在留邦人数調査統計」)
 進出企業数:1,182社(2017年10月)※中南米第一位(第二位はブラジル)
 主な進出企業:住友商事、デンソー、東京海上、トヨタ自動車、日産自動車、マツダ、丸紅、
 みずほ銀行、三井住友海上、三井住友銀行、三井物産、三菱商事、三菱電機など
 メキシコ日本商工会議所加盟:522社(2019年7月1日)

7)企業別労使関係 ~労使紛争解決制度の改革について~

 労働紛争解決のためには労働調停仲裁委員会(Juntas de Conciliación y Arbitraje)を利用しなければならない旨が憲法に定められていたが、2016年4月に、調停・仲裁委員会に関する規程を含むメキシコ憲法107条及び123条の改正案が提出され、同年10月から11月にかけ、この改正案がメキシコ連邦国会の上院と下院で承認された。この改正により、労働調停仲裁委員会が廃止され、すべてのプロセスを司法機関(労働に特化した裁判所)で審理することになる。(2018年中南米チーム労働事情を聴く会より)

※連邦労働法の改正の詳細については、「歴史的転換点を迎えるメキシコ」 (星野 妙子 アジア経済研究所名誉研究員 調査協力・執筆)をご参照ください。

2.現地調査報告(2019年7月実施)

 ロペス・オブラドール新政権の下、労働法の改正が実施された。旧政権下においてもILO等の国際機関から労働組合が労働者を代表していないとの批判を受け、改正に向けた動きは進んでいたが、新政権下でさらに改正の動きが進んだ。
 改正労働法のポイントは、①「労働組合関連の登録」や労働争議を扱う「調停仲裁委員会」を廃止し、「労働組合関連の登録」機能は「調停登録センター」(新設)に移管、「労働争議を扱う」調停機能は連邦・州の労働裁判所に移管される、②労働者が自分の意志で秘密・直接投票により代表を選出できるようになった、の2点である。②により企業業内に複数の労働組合の設立が可能となった。

※労働法の改正内容や背景等については、「歴史的転換点を迎えるメキシコ」(星野 妙子 アジア経済研究所名誉研究員 調査協力・執筆)をご参照ください。

 新連邦労働法の施行により、今後どのような状況の変化が起こるのかについて、メキシコの労働組合全国組織(ナショナルセンター)2組織、および、現地日系企業にヒアリング等を実施した。先方から聴取した内容(ポイント)は以下のとおりである。

(1)労働組合全国組織(ナショナルセンター)へのヒアリング調査
1)メキシコ労働組合連盟(CTM)

 CTMはこれまで労働者の権利を守ってきた。現政権は労働環境の安定性を軽視している。旧政権が進めていた空港建設やエネルギー投資の中止を行い、国の政策の方向性が危ぶまれる。
 CTMはこれまで、労働争議などは行わず、法の遵守を励行してきており、労働環境の安定に貢献してきた。労働争議は労使双方にとって損失である。CTMはまた、労働者への基礎的な教育訓練機会の提供の他、IMSS(社会保険庁;健康保険など)やINFONAⅤIT(労働者住宅供給金)を運営し、災害時には組合員以外の貧困世帯に対しても支援を実施してきた。ロペス・オブラドール政権は、CTMがこれまでに築いてきた実績を軽視しているが、新政権を尊重し、話し合いで解決していきたい。
 CTMは日系企業、特に自動車関連企業と良好な関係にある。メキシコの自動車関連企業における労働組合は、ほぼCTMに加盟している。グアナファトは農業地域であり、工場などの企業で働く経験がまったくない労働者が多い。時間を守ることの重要性(遅刻すると工場の生産体制にどういう影響があるか)など、基本的な研修を実施することが不可欠である。他の工業地域と比較し、農業地域であるグアナファトの労働者は穏健でストライキなどを行なうことはあまりないが、離職率は高い。
 連邦労働法の改正により、一企業に複数の労働組合を設立することが可能になった。労働者が20人で労働組合を設立することができ、団体交渉は労働者の過半数の支持がある労働組合が交渉権を得る。この改正によって、海外企業の投資環境に不安を与えることを懸念している。

2)労働者全国連合(UNT)

 ロペス・オブラドール氏が政権を獲得したのは、少数派の支持を得たからである。下院で多数派を握っているが、実態は少数派の集まりであり、政策は決してまとまっていない。今後の状況はわからないが、連邦労働法改正により、労働者の権利が保護されることになったことは評価する。
 労働法の改正により、労働者はどの労働組合に加盟するか個人で自由に決めることができるようになった。企業に複数の労働組合が設立されることで、新たにどのような課題や問題が生じるか予測できないが、UNTが支持する内容(一企業に複数労働組合設立可)となったことは評価している。企業内に複数労働組合が存在することで、労働環境の悪化を懸念する声があるが、労働協約は一つの労働組合としか締結できないため、安定化させることができると考えている。
 メキシコの労働環境が大きく変わることで、様々な課題が生じるかもしれない。メキシコでは、これまで労働組合は「企業を守るもの」であったが、本来、「労働者の権利を守るもの」である。
 UNTはこの間、非常に強い姿勢で労使交渉に臨んできたが、敵対的な労使関係や労働争議は労使ともに利益がないということを結果的に学んだ。良好な労使関係を構築し、生産性を上げ、公正に分配することが重要である。日本に習い生産性運動、カイゼン活動を行なっている。
 メキシコ社会では、一般的に労働組合のイメージは大変悪く、労働者の権利を守るものと認識されていない。マフィアのイメージ、賄賂と結びついていると言われている。そういった労働組合の現状やイメージを大きく変えていきたい。

(2)現地日系企業へのヒアリング
日系企業・事業所が直面する課題等

<連邦労働法改正への対応>

 メキシコの労働組合はILOなどの国際組織から、「労働者を代表しておらず、民主的でない」との批判を受けてきた。メキシコの労働運動は、2000年まで70年間続いた旧政権(制度的革命党政権、略称PRI)体制に組み込まれてきた。PRI体制は農民、労働、一般の3部会を下部組織として体制に組み込み、労働部会は石油、鉄道、電力などの基幹産業をメキシコ労働者連合(CTM)、一般部会は公務員労働組合連合(FETSE)、教育労働者組合(SNTE)によって構成された。メキシコの主な労働関係組織はすべてPRI傘下にあり、その中でもCTMは全国最低賃金委員会や労働調整仲裁委員会で過半数を占めてきた。
 PRI政権下では、政権が重視する工業化戦略を進めるため、最低賃金の上昇を抑え、抗議行動を起こす過激な労働組合を排除する動きがみられた。労働組合は登録制で政府が許可権を持つことで独立系労働組合の設立が抑制されてきた。

※詳細については、「歴史的転換点を迎えるメキシコ」 (星野 妙子 アジア経済研究所名誉研究員 調査協力・執筆)をご参照ください。

 今般の連邦労働法改正により、企業における複数の労働組合の設立が認められるようになった。労働者は自由意思で無記名投票により直接、労働組合の代表を選ぶことができ、労働組合への加入の自由も規定された。これらの改正により、労働組合が労働者から求心力を得るためのパフォーマンスとして、経営側に対して無理な賃上げや抗議行動をとり、これまでの労使協調路線が崩れるのではないかと懸念する見方も出ている。
 CTM本部へのヒアリング調査では、「労使が対立することは労使双方にとって損失である。労働環境の平穏を保つため、これまで培ってきた労使協調路線を崩すべきではない」との発言があったものの、実際、今回実施した企業へのヒアリング調査では、例年の賃上げ要求と比較し、賃上げ割合がかなり上がったため、賃金自体は例年並みとしたものの、欠勤や遅刻がなかった場合のボーナスを追加し、結果として要求に沿うような結果とした例も散見された。
 一方、独立系労働組合として過激な抗議行動をとることで知られる労働者全国連合(UNT)だが、今回のヒアリングでは、「労使対話の下で生産性を上げ、それを公正に分配することが重要」と、これまでの過激な抗議行動から労使対話を重視する方向にシフトしつつある。
 今回の連邦労働法改正は、メキシコに民主的で労働者の権利を代表する労働組合、労働慣行が定着し、健全な労使関係の構築がなされる第一歩と期待したい。
 なお、連邦労働法改正に対する企業へのヒアリング結果は以下の通り。

<製造業A社>

 労働法の改正により、企業に複数労働組合が存在するようになると、組合員の獲得や人気取りのための要求アピール合戦になることが懸念される。(第二勢力はいまのところ存在しないが)。
 当該地域はもともと農業地域であったため、第二勢力の組織化対象となる労働者層はいないと思われるが、外部から第二勢力への組織化圧力がかかることを懸念している。他の労働組合が入り、扇動するような存在がいると、現在の労働組合員が第二勢力へ流れるような傾向があるからだ。これまで、現労働組合とは良好な関係を築いてきたが、情勢変化から労働組合も労働者にパフォーマンスを示さざるをえないため、パフォーマンスプラスアルファとして賃上げを求めてくるような状況になれば収拾がつかない可能性もある。したがって、現労働組合に求心力をもってもらいたいというのが本音である。労働法の改正により労働者は組合費の天引きを拒否できるが、労働組合は労働者の過半数から支持を受ける必要があるので除名はしないのではないか。組合には入っているが、組合費は払わないという状況が起きる可能性があるが、労働組合は組合費収入無しに成り立たないので、今後はどうなるかはわからない。

<製造業B社>

 労働法改正の影響はまだよくわからない。企業としては、特定の労働組合に肩入れするわけにはいかない。いまのところ、複数の労働組合が存在しそうな動向はなく、心配していない。

労働法改正以外の日系企業の課題

<離職への対応>

 海外に進出する日系企業にとって、優先課題は離職の防止であることが多い。メキシコに進出する企業も、進出当初は優秀な人材の確保のため、いかに離職を防止するかが課題であった。しかし近年は、アメリカでの自動車販売市場の頭打ちやアメリカ・メキシコ・カナダ協定(USMCA)に基づき原産地規則が厳格化されるなど、輸出面などでの不安要素も存在することから、今回の使用者側ヒアリングでは、人員は自然減にまかせているという対応が多くみられた。また、「以前は離職率が高かったが、現在は長年勤務する労働者も増えてきている。人材育成が最も重要な課題である」との声も聞かれた。

3.2019年度招へい中南米チーム「労働事情を聴く会」でのヒアリング

 今回実施した現地調査は、改正直後のタイミングとなり動向が流動的であった。調査の実施から約3ヵ月経過したタイミングで招へいした中南米チームにメキシコからCTM、UNTの2組織が参加し、「労働事情を聴く会」にて法改正に関して以下の発表があった。

(1) メキシコ労働組合連盟(CTM)

 今回の労働法改正は、労働組合も経営者の意見も聞かずに行われた改革と言ってよい。政府が労働組合の日々の活動や、自由で民主的であるべき労働運動に介入していることが問題である。労働法改正の中に労働裁判所の新設があるが予算がなく、いつ実現するのかわからない。組合費の徴収義務が排除されること、また、一企業の中に複数の組合の結成が可能となることを許すことも課題視している。政府寄りの労働組合が結成され、労働組合間の対立や、政府の介入の可能性がある。また、労働組合を設立し登録する際に、設立の条件を全て満たしていても、公共の利益、福祉にはならないと政府が判断した場合、その労働組合の登録は取り消されることも問題である。
 メキシコには労働会議(CT, Congreso de Trabajo)という、メキシコの労働組合全国組織(ナショナルセンター)が一堂に会する機会がある。CTMは本労働会議の議長を務めており、UNT他、多くのナショナルセンターが参加する。その会議の総意として、今回の労働法改革は労働者の権利を侵害する方向に向いているため、法改正に反対する保護請求を提出した。請求は却下されようとしているが、今後も自分たちの活動、結束を強化し、この労働法改悪に対峙する力を大きくしていかなくてはならない。

(2)労働者全国連合(UNT)

 今回の労働法の改正が誤った方向に行かないよう、他のナショナルセンターと力を合わせていかなくてはいけない。今回の改革は、理念的な部分、意気込みとしては概ねよいものであると考えているが、実施に移すのは難しい。もっと深堀した具体的な改革をすべきである。また、関係者の意見を聞かずに一方的な形で改革が行われていることを問題視している。この労働法改革で改革しようと思っていること以外に、もっといろいろな分野で労働界の改革が必要であり、これらにおける認識はCTMと共通している。
 権力の均衡を保つためにリコールや経済社会審議会の創設といった、直接的で参加型の民主主義に結びつく形態を早急に法律に組み込まなければならない。新しい国内情勢に対し、政治社会構造の再構成を可能にするような共同戦線を提示すること、新自由主義、ネオリベラリズムとは異なる国内大合意を促進させるため、さまざまな社会的・政治的当事者の間での取り組みを行なうことが必要である。
 現在の議会の構成は、長年野党だった政党が過半数を占めているが、それは増大する経済危機に加え、発展や福祉の機会の欠如を原因として生まれた社会的不満による市民からの懲罰的な投票の結果である。これにより、以前とは異なる政府と社会との関連性をつくらざるを得なくなった。経済成長の伸び悩み、国民福祉指数の継続的な低下、雇用の不安定さ、失業者やインフォーマルセクター労働者などの全体的な増加など、メキシコが長年抱えている問題は、これまでの統治者階級の対応能力を大きく超えた。メキシコの経済的、社会的、政治的体制の変革を促す、政府の決定に影響を与えるような力を持った社会運動をつくらなければならない。メキシコの労働者の結束により、これらを実現させたい。

おわりに

 メキシコの労働環境は、今回の連邦労働法改正で大きく変わることが予想されると思われたが、CTM、UNTともに、法改正の内容を実現させるためには財政難による予算の不足などにより実現性に欠けること、労働者、経営側双方に対する意見聴取がなされず、当事者の意見の反映がないまま改正が実施されたことを問題視しており、今後の動向についてはいまだ不透明である。引き続き注視していきたい。
 なお、この度のメキシコ現地調査にあたっては、連邦労働法改正に関する状況についてメキシコの労働組合全国組織(ナショナルセンター)、日系企業、また、メキシコ全般の労働状況に関して、在メキシコ日本国大使館、JETROメキシコ事務所、メキシコ日本商工会バヒオ支局にご教示いただいた。衷心から感謝の意を表し、調査報告とさせていただく。

以上

【参考文献およびURL】