2020年度国際シンポジウムを開催

パネルディスカッションの様子

 2020年11月18日(水)に「最低賃金制度の変化と今後のあり方」をテーマに、国際シンポジウムをオンラインで開催しました。今回は、ドイツの労働組合代表、デンマークの労働組合代表、ドイツの使用者側代表、日本の有識者にご登壇いただき、それぞれからの報告やパネルディスカッションを行いました。
 日本の労働組合関係者、企業、行政関係者、マスコミなど、計68名にご参加いただきました。

 JILAF南雲理事長の主催者挨拶の後、デンマーク及びドイツ両国から報告を受けました。

【発言要旨】
<デンマーク労働組合総連合(FH)>
 デンマークは最低賃金、残業手当などに関する法令がないことが特徴で、法律ではなく、労働協約によって定めている。その背景として、デンマークでは、労働条件の決定に関して国と社会的パートナーとの分業がベースとなっており、労働組合が高い組織率(67パーセント)であることと労働協約が徹底されていることがあげられる。労働協約の内容には、賃金、残業手当、労働時間、休暇、年金、疾病時や産休時の給与、解雇規則、不当解雇に関する規則などが含まれる。
 「最低賃金に関するEU指令」の導入については、多くの問題を抱えていると考えており、デンマークは政労使ともに反対している。格差是正や貧困対策は必要だが、賃金の低いEU加盟国が法令で最低賃金を定めている事実からも、賃金だけに焦点を当てるのではなく、労働市場において、いかに労使の当事者同士で団体交渉を尊重できるかという点に注目するべきだと考えている。

<ドイツ労働総同盟(DGB)>
 ドイツでは、1990年代~2000年代に労働協約適用率が低下し、規制緩和をともなう労働市場改革の影響もあり、ワーキングプアの数が拡大した。それを受けて2006年にDGBでも法定最低賃金導入の要求を正式に採択し、2013年のドイツ連邦議会選挙の選挙運動などを経て、2014年にドイツでは最低賃金法が導入された。法定最低賃金の導入により、それまで最低賃金水準を下回っていた労働者の時給が大幅に増加したほか、失業率の減少といった大きなメリットが見られたが、負の影響はあまり見られなかった。
 しかし、「最低賃金に関するEU指令」の導入については、いかなる加盟国に対しても法定最低賃金制度の導入を義務付けられるものではないと考えており、社会的パートナーの自立性を尊重することが大事である。

<東京大学名誉教授 田端博邦氏による解説>
 そもそも、市場経済では、賃金は個人間の自由な契約によって決まるとされているが、実際の市場では労使のあいだに交渉力の差があるために、労働協約や法律的規制によって市場賃金の過度の低下に歯止めをかけるシステムを最低賃金だと考える。
 デンマークとドイツは、2つの対照的なケースであり、ドイツのケースは労働組合の組織率の低下など90年代以降のヨーロッパや世界の変化の傾向を反映している。最低賃金のあり方は、労使関係のあり方と深く結びついており、多様な労使関係を踏まえると最低賃金システムも多様でありうるが、システムの具体的な仕組みが様々であっても、共通の理念や目的があるはずである。
 最低賃金が法によるものと考える日本と労働協約によるものと考えるヨーロッパではかなり事情が異なるが、組織率低下による労使関係の変化や、非典型雇用の増加と雇用の不安定性の増大、賃金所得格差の増大といった、歴史的に大きな変化に対してどう向き合っていくのか、それがあるべき理念や制度の目的となるだろうと考えている。

【パネルディスカッション】
<議題>
①最低賃金と生産性の関係には様々な見方があるが、それぞれの立場から、最低賃金が生産性や雇用へどのような影響を与えると考えているか。
〇ドイツ労働総同盟(DGB)
 ドイツの最低賃金委員会による調査研究では、ドイツに最低賃金法が導入されてから、マクロ経済的な指標、生産性に関する指標には大きな影響は見られていない。しかし、労働者側からすると、最低賃金は、貧困問題と密接であり、生産性とも大きな関連性がある。
〇ドイツ使用者連盟(BDA)
 低賃金セクターにおいて、通常であれば、賃金を上げていくと生産性は上がる、もしくは高い賃金を支払うために、企業の方も生産性を上げていかなければならない。一方で、雇用率にどのような影響を及ぼすのか、懸念があった。最低賃金法を導入する際に、段階的に最低賃金を上げていくことでネガティブな影響を減らそうとしたが、結果的に雇用率への悪影響は見られていない。そもそも、ドイツは生産性そのものが高く、最低賃金よりもかなり高い賃金をもらっている人も多くいることからも、その賃金を払う余裕があることを踏まえても、現在の取り決めの額は合理的な金額だと考えている。
〇デンマーク労働組合総連合(FH)
 デンマークは労働協約に決められた最低賃金によって、生産性は高く、失業率は低い。リビングウェイジを導入しても、簡単に解雇できるわけではないから、生産性や雇用にも影響を与えないと考える。また、教育や医療などの社会保障はセーフティネットとして人々に提供されるもので、自分の働き方を柔軟に変えることができる役割だと考えている。
〇東京大学名誉教授 田端博邦氏
 最低賃金と生産性の問題については、議論のバックグラウンドや歴史的なコンテクストを考える必要がある。アメリカでは、ここ30年くらい賃金はほぼ横ばいで停滞しているが、労働生産性は年々上がっている。生産性と賃金の格差が開いてきたことが深刻な問題で、これが所得格差や賃金格差を生んでいることを踏まえると、最低賃金を上げないことは、このギャップを現状のまま放置し、さらに拡大することを意味する。

②最低賃金制度の適用を受けることになる労働者について、日本社会に根強く存在する「自己責任論」があるが、経営団体や学識者はどう考えているか。
〇ドイツ使用者連盟(BDA)
 ドイツと日本の労働市場の構造はかなり違っていて、日本では正規と非正規の間に大きな差があるが、ドイツはそうではない。つまり、ドイツで最低賃金を受け取っている人は雇用形態にかかわらず、自己責任を果たしていないと批判されるという状況ではない。
〇東京大学名誉教授 田端博邦氏
 日本はドイツよりも、同じ仕事内容であっても正規と非正規で格差が大きいわけだが、正規と非正規というのは働く側では決められるのではなく、雇用する側で決まってしまう。100人のうち正規が60人、非正規が40人いたとすると、仮に全員が努力したとしても100人が正規になるのではなく、40%は非正規のまま、という労働市場の仕組みになっており、構造的な問題だと考えている。ドイツは、労働者は尊厳を持った平等な存在だという考え方が基本にあると思うが、日本はドイツ的な考えを学ぶべきだ。

③プラットフォーム型労働について、ウーバー・イーツなど完全歩合制の報酬で働く労働者を保護する法整備の必要性や労働者へのアプローチについてどう考えるか。
〇ドイツ労働総同盟(DGB)
 エンジニアリングなどほかの部門でもプラットフォーム型労働が浸透しつつあり、そういった人を組織化するのはとても難しい。プラットフォームといっても、やはり使用者は存在することを認識し、社会保障などの適用も必要であると考えている。
〇デンマーク労働組合総連合(FH)
 ドイツほどではないが、徐々にデンマークでも浸透しつつある。プラットフォーム型労働においても団体協約を適用させるべく、立法を目指してきたが、プラットフォーム型労働者はどういった労働者なのか見極める期間として、もっと分析が必要だと考えている。
〇東京大学名誉教授 田端博邦氏
 法律問題になってしまうが、労働法の適用になる労働者なのか、あるいは自営業的な独立した事業者なのか、ヨーロッパのいくつかの国の裁判所でどちらの考えも出ている。労働法の適用になる労働者、とした裁判では、ほとんどが使用者にあたるプラットフォーマーからの指揮命令の下にあるということで、従属性があることを理由にしている。
 一方で、通常の指揮命令関係とか、労働の従属性をサブオーディネーションと言うが、このサブオーディネーションが、普通の会社のホワイトカラーや工場のブルーカラーの労働者と比べると、非常に少ないようにも見える。特にプラットフォームでやるといっても、自由時間があって、やることも本人の自由度が高いように見えるということで、やはり自営業者だ、独立した事業者だという見方も非常に根強い。
 私の独自の考えで、日本の裁判所や通説的な考えとは違うが、プラットフォーム労働者は労働者かという問題ではなくて、逆に、事業者かどうかという面から考えたほうがわかりやすいと考えている。独立事業者の場合は、何らかの物を売る、あるいはサービスを提供するという場合に、売手である事業者は、売る商品なり売るサービスの価格を決定することができるというのが、独立事業者の特徴である。つまり、自ら提供する労働サービスの価格を決定することができなければ、独立事業者と言えない。
 この考え方によると、ウーバーなどは明らかに歩合料金をプラットフォーマーのほうが決定していることから、見かけ上、自営業者的なものがあるとしても、これは労働者にかなり近いということで、団結権等も含めて、法的な扱いも、労働者に似たもの、あるいは同じものにしてよいというような解決ができるのではないかと考えている。

④国ごとに事情は異なるが日本もヨーロッパも労働組合の組織率低下や非典型雇用の増加、雇用の不安定性の増大、賃金所得格差などの歴史的な変化が起きている。この変化に対応するために、最低賃金制度は何ができるか?また、労使関係の変化に対して産業別交渉を強化する方策をとるべきか、法的制度を整備する方策をとるべきか。
〇ドイツ労働総同盟(DGB)
 「最低賃金に関するEU指令」の目的は、団体交渉の強化であり、最低賃金と同じくらい重要なことである。各国でコロナを乗り越えていく中で、社会的パートナーの関与が必要だと考えている。
〇ドイツ使用者連盟(BDA)
 労働市場においても困難な中にあり、どうやったら社会的パートナーシップを守っていけるか、救済できるかが、一番大きな焦点である。団体交渉をしっかり行うこと、加盟組織と、それから個々の労働者、個々の使用者との懸け橋になることが大事である。
 「最低賃金に関するEU指令」には、使用者としては、反対している。この指令案の中で上げられている目標の数字は、現状に本当に見合ったものなのか疑問である。団体協約の適用率7割というところが1つの境界線になっているが、多様性のある社会パートナーを尊重すること、自主性を守るという意味でも、そこに拘束力を持つというのはネガティブなことではないかと思う。
〇デンマーク労働組合総連合(FH)
 組織率の低下、また雇用形態が変化していることが組合にとっては課題であり、もっと産別の交渉というものを考えなければいけない。団体交渉の強化、社会パートナーシップの強化が大事である。
 団体交渉を強化するにあたり多国間で事業活動をしている企業に対しては、1つの国の制度、団体協約へ適用させるのが難しい場合には、そういった社会条項で義務化が必要だろう。また、多国籍企業で働いている労働者を組織化するのはなかなか難しいことからも、1つの国でとどまらない問題に関しては、ほかの組合や国とも協力して考えなければいけない。
〇東京大学名誉教授 田端博邦氏
 ヨーロッパあるいはEUは、世界で最も労働者とか労働組合の発言力や組織力の強い地域であり、EUがどのようにこれから発展していくかということは、世界にとって非常に重要な事柄である。
 日本の最賃についても、「最低賃金に関するEU指令」における中央値の60%目標、平均値の50%目標といったものを考えると、ある程度バランスのよい引上げという長期の展望を得ることができる。それによって、現在の生存の保障レベルから、平均的に生活していける水準へと、かなり高い目標に徐々に変化していける。このように、高い再配分率の最賃が機能するとすれば、所得格差や賃金格差の縮小に働くのではないだろうか。国際的な指標で見ても、日本はかなり格差の大きい国に入っていることからも、労働組合が頑張って格差を縮める1つの重要な取組として、最賃の役割を再考することを期待している。
 それから、日本にとっての問題は、やはり協約体制ができてないことだ。同様の状況のイギリスでは現在、全国組織のTUCが、産業別交渉体制の再建をメインの運動目標の1つに掲げている。目標達成には2つの方法が考えられるが、1つ目はとにかく本道で、労働組合自身の力で産業別交渉体制をつくり上げていくというもの。ただ、労働組合自身がそういう方針を立てるだけではなくて、産別や地域の経営者団体の交渉権がない場合を踏まえると、大変な運動になる。2つ目は、ある程度、法律的な援助を考える方法。例えば、産業別の団体交渉委員会というようなものを法律で設定して、毎年、労使の交渉をしなければならないというような仕組みをつくる。フランスにはそれに近いような仕組みがある。イギリスはこれからどうなるかわからないが、日本としても注目すべきではないか。

 その後、参加者からの質疑応答を行いました。最低賃金を守らない企業への対応、コロナウイルスを踏まえた将来の賃金に対する労使の考え方等について質問があり、各国の対応や、社会的パートナーと良い関係を築き、協力していくことの重要性が語られました。

 最後に、JILAF塩田常務理事は、「ドイツとデンマークの最賃事情からも、社会環境の変化に応じて社会的・経済的な役割の比重が変化していく中で、政労使で共通の認識を持つことが重要であろう。最低賃金の引上げが従来以上に注目されており、最低賃金の周知と法令順守に向けて政労使の努力に期待したい。」と述べ、シンポジウムを終了しました。

南雲理事長挨拶

パネルディスカッションの様子(オンライン画面)