移民労働者が米国人の雇用を奪う、トランプ政権の主張に異説
11月22日のニューヨーク・タイムズは「バンス次期副大統領などの新右翼が、移民労働者を制限することで米国人労働者の雇用や待遇改善が出来るとしているが、多くの研究が違う結果を出している」とする記事を掲載した。
トランプ次期大統領の政権構想が固まるにつれて、主な政策の概要が明らかになってきた。その中での不法移民の大量強制送還については、収容所だけでなく働き先も対象に軍隊の動員も考えられる。しかし多くの経済学者は、移民送還で米国人雇用が増えるとは考えていない。
トランプ大統領などは強制送還を経済面では見ておらず、移民による犯罪防止と法律順守に重きを置いているが、バンス副大統領を中心に台頭する保守派は「移民労働者により数百万人の失業者が出た。外国人労働者の追放が米国人労働者の雇用を増やす」と主張している。
事実、過去十数年、就労中または求職中の男性の割合は減少し、景気後退時の横ばいからの回復も見せていないが、他方、同年代の25-54歳の女性グループは記録的な増加を示し、男性の減少と女性の増加で全体的には平等化されたように見える。
労働者の減少といった面では、特にパンデミックの時期に、ウエイターや看護師など対面職業での人手不足で急激な賃金上昇が見られた。それが2022年と23年には、移民の増加で人手不足が緩和してインフレは鈍化した。移民が無ければ企業は生産を減らして物価上昇を招くか、賃金諸手当を改善して一般労働者を呼び戻すかと言うことになる。
「移民制限による一般労働者の呼び戻し」、これが従来共和党の親企業路線に反対する新右翼のシナリオである。新右翼シンクタンクのアメリカン・コンパスで主席エコノミストを務めるカス氏は「経営者が不法労働などの労働搾取機会が少ないと思う時期は、労働者への労働市場の状況が良い時だ。一般労働者の生活向上と低賃金の大量移民労働者の共存はあり得ない」と語る。
この説に賛成するハーバードの経済学者、ボージャス氏も「大量移民労働者の存在は低学歴の労働者に悪い影響を与えてきた」と言い、第1期トランプ政権のアドバイザー、ミラー氏も移民制限政策を支持する。この方針は過去の民主党政権でも採用され、クリントン時代には低学歴労働者保護のための移民制限、2000年代には進歩派のサンダース上院議員も移民への市民権やゲスト労働者ビザ反対を表明した。
しかし最近、労働者の増加が低賃金に繋がるとの説に異論が出始め、移民は米国人労働者に良い影響を与えるとの説が出始めた。異説は「移民は労働者の増加というだけでなく、消費需要の増加で雇用機会を増大させ、また低賃金労働により米国人労働者に監督職や営業、会計の仕事を提供する」と唱える。
移民問題を研究するルトガーズ大学教授からも「新古典主義の経済学者はリアル・タイムの労働市場を見ていない」との指摘があり、幾つかの労働組合からも移民支援の声が上がっているが、清掃や医療などに多くの移民労働者を組織するサービス労組(SEIU)からは移民排斥ではなく組織化して擁護する動きが出ている。
労働組合や政治家などは近年、数年間米国に滞在する不法移民への法的資格の供与、そして農業や漁業、医療や造園業などの労働者へのゲスト・ビザ変更による転職促進と低賃金搾取からの脱出を提案している。労働省関連の経済研究所のコスタ部長は「移民を使って賃金や労働基準を低下させているのは企業側だ。移民が犠牲とされ非難されるが、労働者の保護や生活改善はなおざりだ」と指弾する。
その一例が建設業にある。全米大工・建具工友愛組合(UBCJA)は長年にわたりゼネコンによる下請け業務に反対してきた。ゼネコンは不法な移民労働を下請けに回して責任を回避し、労働組合と労働者を不利な状況に置いてきた。
UBCJAは移民排斥でなく法的資格を主張して「強制送還は移民労働者の権利要求を弱めて、一般労働者へも悪影響を与える。建設業は長年にわたり移民労働者の受け入れ窓口になってきたが、労働者を影の部分から引き出す全面的な移民法改正が必要だ」と主張する。但し労働組合ナショナル・センターのAFL-CIOの方針は移民自由化ではなく、経済状態に応じてビザ発給数を上下させるというものだ。
一方、トランプとバンス氏の主張は不法移民の全員送還と国境閉鎖であり、これにより上記男性グループ500万人に雇用機会が生まれるとしている。しかし事態を詳細に見ると、このグループの働かない理由が移民ではないことが分かる。
アメリカ医学会会長のリーブス博士は「このグループからの復職には大きな問題がある。不法移民が居なくなったことで、このグループからの補充が出来る状況ではない」と語るが、理由は大半の人々が健康不安や障害、一部には精神障害、薬物依存や仕事上の傷害、慢性傷害を抱えている事にあると指摘される。