日鉄によるUSスティール買収を阻む冷却した労使関係と大統領決定の延期可能性
9月17日と21日のワシントン・ポストは「USスティール(USS)と全米鉄鋼労組(USW)の両首脳間の不信感が日本製鉄によるUSS買収への障害となっているが、バイデン政権はこの問題の判断を大統領選挙後に延期する可能性が強くなった」と報じた。
USSの繁栄はすでに過去のものとなり、同社CEOが「数千名の鉄鋼労組組合員が働く老朽化した工場の改修資金がない」と言明していた時期に、資金力のある日本製鉄から149億ドルで買収の話があり絶好の救済だと思われたが、USWの反対で挫折している。
それが特に大統領選挙の勝敗を決める選挙年、そして激戦州の選挙人270名を選出するペンシルバニア州に大きな影響力を持つUSWだけにその動向は重大である。
USWマッコール会長が「USSは米国人が所有し米国人が操業する会社だ」と表明する中、バイデン大統領はじめハリス副大統領、トランプ前大統領も同調の構えを示しているが、買収に関する国家安全保障問題を審査する投資委員会の決定は年末になる可能性がある。
この点について諸外国からは「最も密接な米国の同盟国の日本にこうした難題を突きつけるとしたら、アメリカのナショナリズムは何を望むのか」との疑問が上がる。
一方、USWが希望する買収先は鉄鋼第2位のクリーブランド・クリフス(CC)社だが、多くの専門家からは第3位のUSSとの合併は公正競争法上の問題があるとの指摘があり、そうなるとUSSからは従業員の大量解雇とピッツバーグ本社移転の話も出ている。鉄鋼業界のある元経営者は「USWは間違っている。日本製鉄の資金力と工場活性化への能力を見過ごしているが、日鉄は雇用を増やすことが出来る」と語る。
USWがUSS経営陣への不信を強めたのは数年前の事だが、2019年にバリットCEOは「1901年創業のモンバレー工場を、12億ドルを投じて革新化する」と公約しながら2021年にこれを破棄、数か月後にアーカンソー州の組合のないビッグリバー鉄鋼を8億ドルで買収したが、会社はその理由をモンバレー工場改修への環境保護申請許可の遅れにあると説明した。しかしUSW幹部はこの決定を「伝統的にUSW組合員が担ってきた溶鉱炉生産を縮小し、組合の無い小規模な電気アーク炉に移行するもの」と理解した。老朽化したピッツバーグ郊外工場の日鉄買収にもブリットCEOへの不信感が働いたと言える。
マッコール会長の最近の組合通信にも「バリットは買収交渉成立時に7,200万ドルの報酬を受ける。がめつい暴漢だ。役員会は彼を解任すべきだ」と記しているが、バリットCEOの「日鉄買収が実現しないと溶鉱炉生産を大規模に中止して、組合員の雇用も危なくなる」との発言が怒りを増幅させている。
バリットCEOは現在69歳、キャタピラー社で32年働き財務役員を務めた後、2013年にUSSに入社して2017年にCEOに昇格した。マッコール会長は72歳、インディアナ州出身の第4世代の鉄鋼労働者で働きながら労働関係のカレッジ学位を得ている。
しかし、モンバレー工場改修断念にも理由があった。同工場は4つの生産施設を持ち自動車用、家電用、住宅建設用の鉄鋼を生産するが、USSは2つの方向を目指す。
一つはモンバレー式で鉄鉱石、石灰石、コークスを溶鉱炉で溶解した鉄鋼の製品化方式であるが、もう一つの小規模な電気アーク炉方式は原料にスクラップメタルを使い、エネルギー消費や汚染も少なく維持費も安い。二酸化炭素問題もあり、USSは新方式への動きを強めている。
こうして同社は溶鉱炉と電気アーク炉の割合を50-50に持って行こうとしているが、財政軽減や環境問題に対処するとは言え、組合の無い南部諸州への雇用移転は同社の11,000名のUSW組合員には大きな問題となる。団体協約ではUSSの合併について労働組合にも交渉権があり、2023年8月の会社売却決定時には、USWはCC社を交渉先に選定した。
鉄鋼売り上げ第2位のCCも幾つかの溶鉱炉工場を持つが、過去5年間に2つの大規模な会社買収を通じて、CCは従来の鉄鉱石供給会社から大手鉄鋼メーカーへと変身した。そしてCCのコンカーブス社長は鉄鉱石ベースの生産を重視する点でUSWからの信頼が厚いが、これがUSSや日鉄にはない。また、CC社長は2022年の4年協約で20%賃上げを約束し、労働組合からの信頼を高めた。
しかし専門家は日本製鉄による長期的観点からの財務的優位性を指摘して、溶鉱炉近代化にも向けられる27億ドルの投資提案を含めて、日鉄提案がベストチャンスだと言う。
財務調査の専門会社が行った結果でも、100点を満点とする62項目の財務基準に照らした健全性でCC社は30点のプア―評価、日鉄は58点の中位評価と出ており、3社比較では1位日鉄、2位USS、最低がCCとされた。
それでも日鉄に対するマッコール会長の疑念は強く、モンバレー溶鉱炉に対する支出詳細についても日鉄からの説明はないと言う。そして日鉄による買収計画発表の12月18日、日鉄からの事前協議も無いことから労働組合としての反対を表明した。これについて日鉄は「USWとCCとの親しい関係から、USS役員会が情報伝達を禁止した」と述べた。
CC合併による公正競争上の問題としてはUSS・CCの合併会社が国内溶鉱炉生産の100%、自動車用鉄鋼の65%~90%を占める事と言われるが、CC社長はバイデン政権が日鉄提案を拒否した場合はCCとして申請を出し直すと言明、今は労使ともに11月の大統領選挙の後になると思われる外国投資委員会の決定を待つ姿勢にある。
大統領の決定は投資委員会の勧告に従って行われるが、9月23日予定の最終勧告は未だ出されていない。背景には日本製鉄が南部諸州の組合の無い工場を希望するなどの再申請の意向があることや、投資家、地方政治家、一部USW組合員からの日鉄歓迎の動きがある。再申請は時間稼ぎにも使われる手段だが、選挙戦が落ち着くまで待つ方向にある。