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大統領選挙に翻弄される日鉄のUSS買収交渉

2024.10.03掲載

9月4日と5日のニューヨーク・タイムズ(NYT)は「バイデン政権は、欧州・日本との連携を強め、中国とロシアを封じ込める政策を貫いてきたが、この激戦の大統領選挙のなか、鍵となるペンシルバニア州の状況により停止の形勢にある」と報じた。

米国内では既にバイデン大統領、ハリス副大統領、トランプ前大統領が「USSは、米国が所有し操業する企業であるべきだ」との見解を表明している。バイデン政権は近く、日本製鉄による150億ドルのUSステイール買収提案阻止の決定を出そうとしている。しかし、議論の核心となる国家安全と経済保障の問題は、大統領選挙への有利・不利で判断されつつあり、法律や経済の専門家からは「米国の文化である市場開放から大きく逸脱して、米国投資への疑問を抱かせる先例を造る」との懸念が強まっている。

戦略的国際研究センターの日本担当、ジョンストン上級顧問からは「極めて政治的な判断であり、中国との競争力増強に同盟国との連携を深めようとする公約を踏みにじるものだ。敵味方の区別がない単なる保護主義だ」との強い批判が出た。鉄鋼企業の買収を審議する対米外国投資委員会(CFIUS)の議長を務めるイエレン財務長官も同盟国との経済関係強化を唱える一人だが、こうした主張も、国内の政治問題が優先する選挙時の熱気には打ち消されている。その投資委員会は近日中に日鉄問題への勧告を出す。

バイデン政権は、日本製鉄による買収拒否を正当化する方法を模索しているが、買収を認めれば全米鉄鋼労組(USW 4,000人)からの強い反対に遭遇する。日鉄はUSSへの投資と雇用保障を約束しているが、USWは、年金協約を破棄して組合員をレイオフするとの疑念を強めている。USSが工場を持つオハイオ州やペンシルバニアの民主党上院議員たちも「外国企業は、雇用と生産を海外に移転する公算が大きい」として買収に反対する。
最近の世論調査で拮抗するハリス対トランプ支持の中で、USSの賛成反対が’勝敗を決める情勢にあり「ホワイトハウスを勝ち取るには狂信的な保護主義が必要だとなれば、そうする」との空気が強い。

外国投資について米国は近年、特に中国企業による米国技術の盗用や、スパイ行為による中国政府への通報を懸念して監視を強めているが、日本については当てはまらない。日本製鉄は、すでにペンシルバニアの鉄鋼企業、スタンダード・スティールを取得済みであり、日本は通商や国家安全保障面で緊密に協議するG7メンバーでもある。

日本側関係者は、USS問題の政治的側面については距離を置きながら、問題は民間企業に関する米国法で解決されるべきだとして、中国への対応強化を協議する中で、問題が選挙と絡むことになった。日鉄経営陣は米国市場を特に重視しており、バイデン政策の、インフレ抑制法による電気自動車などの鉄鋼産業助成措置を活用しての企業発展を計画、「USSとの合併が、世界市場の半分以上を占める中国に追い付く事を可能にする」と主張する。
こうして4日には、合併に賛成の従業員がUSS本社前でデモを行った。しかし、外国からの米国企業買収には暗い影が付きまとう。

2006年には、アラブ企業のEmirati社が米国6港湾での操業権所得を試み、ジョージ・ブッシュ大統領の賛成も得たが、議会がアラブ支配下のテロ攻撃を懸念して反対、断念に追い込まれた。1980年代には、日本製鉄がペンシルバニアのアルゲニー国際鉄鋼の特殊鋼部門を買収しようとしたが、レーガン政権がソビエトを利するとして反対、撤退に追い込まれた。
USSについては昨年、オハイオ州のクリーブランド・クリッフス社が73億ドルでの買収を提案したがUSSはこれを拒否、USWと良好な関係にあるクリーブランドは交渉継続の意思を表明している。

他方、トランプ政権時のポンペオ国務長官は現在日本製鉄顧問を務めるが、同様にトランプ政権時のロス商務長官も「USSには日本製鉄の技術面から学べるものがあり、米国政府も安全保障問題があるときには会社の経営権を取り戻すことが出来る。安全保障の問題は何もない。あとは人々が外国からの投資に安心できるかどうかだ」と語る。

買収不調の場合USSは本社移転を言明しているが、数千人の雇用が失われる可能性があり、ペンシルバニア州への外国投資を遠ざける結果を招く。アルゲニー群議会のデマルコ共和党議長は「地域にとって誠に危険なことだ。ここが投資には不適当だと示すことになる」との懸念を述べた。