日本製鉄による150億ドルのUSスティール買収が暗礁
8月26日のニューヨーク・タイムズ(NYT)は「暗礁に乗り上げている日本製鉄によるUSスティールの買収問題」について、次のように報じた。
2023年に、USスティールが会社売却を発表した時、日本製鉄の経営陣は停滞する国内市場を脱却して中国が支配する世界市場での競争力強化のチャンスと考えた。
そして同年12月18日、当時の株価を40%上回る149億ドルでの買収計画を発表。専門家からは企業競争に敗れた在りし日の米国勝者を救うものとして称賛されたが、米国内からは直ちに反対が巻き起こり、買収は阻止された。
123年の歴史を持つUSスティールの外国企業からの買収には、民主、共和両党から強い非難があったが、タイミングも悪く、今年11月の大統領選挙を控えて、激戦州のペンシルバニアを本拠地とする全米鉄鋼労組(USW)が特に強く反対した。その理由は、買収交渉の際に労働組合との交渉をしない、との日本製鉄の方針にあったとされるが、これを明らかにした日鉄の日米関係者は匿名が条件だ。
こうして8か月、日本製鉄と選挙人多数を擁するUSWとの関係は膠着し、次期大統領の判断に委ねられるが、買収は、世界の鉄鋼産業だけでなく日米経済関係にも影響を及ぼす。
日本製鉄は、ロビイストを使って「合弁は両社と従業員、米日関係にも良いこと」との説得を試みているが、USWは労働協約を盾に買収に反対し、組合員の賛同を得ようとしている。
この点について、合併問題専門の東京のA&Oシアマンのウオール弁護士は「この問題は大統領選の成否を決める中心となる激戦州に関係するだけに、政治的にどう動くのか予測は難しい」と語る。
USWのマッコール会長の話では「合併発表の日の朝6時、USスティールのバリットCEOから電話があり、合併の詳細について熱心な説明を受けた」と言うが、「数か月前に買収に応じたクリーブランド・クリッフス鉄鋼の時は、労組執行部に対しての計画の説明と支援の要請があったが、今回の日本企業の買収を聞くのは始めてで、日本製鉄やその計画については何も知らなかった。日本の買収について事前の話が無かったとは言わないが、こんな形の極めて侮辱的な方法は受け入れられない」と述べた。
こうしてUSWは、外国企業の買収に直ちに反対。理由は「会社との労働協約に定めた会社支配に関する如何なる変更も、事前に労働組合に通告する」という条項違反にある。また外国企業による米国鉄鋼会社の買収は国家安全保障への脅威であり、日本製鉄の申し出には欠陥があるとしている。
合併発表後1か月の今年1月には政界からの懸念が表明され、トランプ前大統領は再選の際の廃案を言明。労働組合側と自負するバイデン大統領も3月に反対を示唆。その1週間後に、USWはバイデン大統領の再選推薦を決定した。政府機関の米国外国投資委員会も日本製鉄買収による国家安全保障問題の審査を開始したが、クリーブランド買収にはUSWが賛成しながら会社は拒否する複雑さをはらんでいる。
他方、前述の日本製鉄の日米関係者によると「日鉄経営者は、クリーブランドとUSWの親密な関係からして、USWへの日鉄買収の事前情報は、リークの怖れがあると言われており、リークによる買収への危険から、その決定には大きな困難が伴った」とされ、日鉄広報も「買収交渉を進める上での制約から、発表以前にUSWと会談するのは不可能だった」と述べている。
後退を余儀なくされた日本製鉄は3月、USスティ―ルへの設備投資に、14億ドルの追加を発表。担当の森副社長を米国に派遣して、一般組合員との関係を強化。中国における長期の合弁企業も米国議会の懸念払拭のために撤退した。また広報活動を強化しつつ、トランプ政権時のポンペオ国務長官をアドバイザーに採用した。
日鉄は「USスティールとの連携により、世界鉄鋼の半数以上を占める中国に追い付く最大メーカーが誕生する」と宣伝するが、ポンペオ氏は今月、ウオールストリート・ジャーナル紙に「米国が中国を凌駕する経済モデルを築くには、同盟国からの直接外国投資を受け入れねばならない」と主張する意見を載せ、関係者は大統領選以降に交渉が進むと期待している。
トランプ氏は先週、再選時には日鉄買収を阻止すると再度言明したが、民主党大統領候補のハリス副大統領からの公表は未だない。
8月15日、USW提出のフィラデルフィア仲裁パネルへの苦情が審査されたが、買収内容に変更が必要かどうかは、9月末までに決定される。苦情の内容は日鉄提案に対する疑義だが、「日鉄は如何なる従業員もレイオフすることなく工場閉鎖もないと言うが、約束は現行労働協約期限までが有効で、異常時には例外としている」と指摘している。
投資家向け情報企業、カナリ―・グループのグレイディ社長は「USWには、選挙前の力のある時に出来るだけの譲歩を引き出したい意図があるが、日鉄側には、時間を引き延ばして上手をとる有利性がある」と分析し、「日鉄と労組の間では複雑なゲームが展開されており、開始1年近くで150億ドルという高額な掛金のチキンゲームとなった」と評した。