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バイデン大統領の通商政策と日本製鉄のUSS買収

2024.05.09掲載

4月10日のニューヨーク・タイムズ(NYT)は「バイデン大統領による対中国輸入規制と日本製鉄のUSS買収反対が米国労働組合に歓迎され、対トランプ選挙対策としても効果をあげている」と報じた。

 

大統領選挙を控えて、バイデン大統領は労働組合からの支援確保とトランプ前大統領への対決を明確にするために、国内産業の保護に力を入れている。

一方、同盟国との亀裂や保護主義の批判も起きている。他方、国内、とりわけ中西部のスイング・ステートでは労働組合や環境団体からの歓迎の声が強い。

 

対中国政策においては、先日のイエレン財務長官の中国訪問と同時期に、新たな関税措置や安価な電気自動車やクリーン・エネルギー製品への輸入規制、投資規制、先端技術の輸出規制、更には米国投資を誘導する台湾半導体企業への66億ドルの優遇策を発表し、中国との緊張関係を増幅させる結果となった。

 

同時に表明されたのが日本製鉄によるUS スティール(USS)買収計画への反対だが、バイデン大統領は「USSは米国鉄鋼産業の象徴的存在であり、国内産業に止まるべきだ。私は米国鉄鋼労働者と共にある」と言明したが、この反対は重要な同盟国との間に経済的な亀裂を生む可能性がある。

 

バイデン大統領の産業政策には、国内外から、化石燃料排出規制への補助金を含め、米国への投資を阻害するとの批判の声があるが、明確なのは、トランプ前大統領に劣らず「アメリカ・ファースト」であることだ。今回の表明で、11月選挙への鉄鋼労働者の支援を確実にしたと見られ、全米鉄鋼労組(USW)からは「バイデン大統領のインフラ政策と経済政策は、短期、長期ともに国内製造業及び一般産業を繁栄に導く」との声明が出された。

 

トランプ前大統領は、在任期間中、3千億ドル以上の中国製品に輸入関税をかけ、中国への技術移転を禁止したが、今年11月の当選時には中国との通商関係のデカップリングを明言している。バイデン大統領はそこまでは言及しないものの、かなりの程度まで基本方針を同じくしており、世界通商における負の側面として、米国労働者への雇用被害があることを注意喚起、コスト割れの中国鉄鋼製品が各国産業を破滅させた事に言及しつつ、多額の政府補助金による電気自動車や太陽光パネルなどのグリーン・テクノロジーへの懸念を露にしている。これに対し中国は「保護主義を非難する。公正競争と協力の精神で経済や通商問題に対処し、政治や安全保障には絡めないことが重要な点だ」と言明した。

 

他方、日本製鉄のUSS買収問題でバイデン大統領は「ピッツバーグ拠点の鉄鋼産業は国内に留まり、操業されることが重要だ」と述べて、日本側の怒りを買うリスクを負うことになったが、米国政府関係者や鉄鋼労働者は両社合併を国の安全保障と独占禁止の観点から見ている。一方では、。

ラストベルト州からの与野党上院議員も、この問題には反対している。ある民主党上院議員はバイデン大統領宛の書簡の中で「日本製鉄と中国鉄鋼産業との関係を調査するよう要請する。この合併は米国労働者と米国経済、安全保障に弊害を及ぼす」と書いている。

 

日本製鉄とUSS関係者はバイデン大統領の動きを注視しながらも、株主総会での議決承認を目指しており、日本製鉄の投資についてのインターネット広告も実施している。

また日本製鉄は著名なワシントンのAkinGumpに依頼してロビー活動を展開する中、合併に強く反対する鉄鋼労組との交渉も図っていると見られる。

同社は声明を発表する中で「我々は合併を推進する。 公正かつ十分な審議による承認を確信する。日本製鉄の投資は鉄鋼労働者、消費者、株主、ペンシルバニア住民、及び米国にとって最善の結果を生むものだ」と表明した。(なお、4月12日の株主総会では賛成多数で合併が承認された。)

 

一方、日本政府関係者はバイデン発言により、合併交渉が積極的な動きをせずに終わるのではないかという戸惑いを見せるが、日本側と合併問題を協議したアメリカ企業研究所のストレイン氏は「日本企業によるアメリカ製造業への投資が国家安全保障への脅威という米国政府の発言は不可解かつ問題だ。しかし、今年が選挙年という事が大事な点で、本音は安全保障というよりはスイング・ステートでの支援獲得が主眼だと考える」と語る。

 

この点で米国政府関係者は「米日首脳会談でのUSS合併問題は中国や北朝鮮問題、韓国との協力など多くの議題の一つに過ぎない」としてさほど重要視しない姿勢だが、カービー大統領補佐官は「首脳会談で討議する重要議題は山ほどある。経済と通商問題が議論されるのは間違いない」と述べた。

 

他方、4月9日のワシントン・ポストは「日本製鉄はUSSでの人員整理はしないと言明したが、スイング・ステート、USS本社所在のペンシルバニアでは大きな注目となっている。しかし、岸田首相はこの問題をバイデン大統領と討議する予定はないと述べた」と報じた。