2023年は米国労働運動勝利の年、労使協議法制の必要
12月30日のワシントン・ポスト(WP)は今年の米国労働運動を総括して「年初にはリセッションと思われた2023年だが、最終的には数十万労働組合にとって大幅賃上げと記録的な労働協約の年になった」とした。
2023年は52万5千人以上がストライキ参加という1990年以来3回目の年となり、10月には画期的なUAWの労働協約など、ストライキで多くの勝利を獲得したが、背景には労働者不足がある。11月の失業率も1990年台以来2年連続の4%以下で推移し、春からは物価上昇を上回る時給賃上げを実現、最低級の労働者を中心に実質生活水準を向上させた。
今年初めの予測では、米連邦準備制度理事会(FRB)のインフレ抑制への急激な金利引き上げによる失業率上昇があり、第1四半期にはIT産業で16万人の解雇と相次ぐ銀行破綻が発生して、景気後退の懸念が広がった。しかし、予想以上の消費者需要による企業の採用増加と人材獲得競争で、最低賃金層25%の労働者を中心に大幅賃上げが見られるようになった。
この点について経済専門家は「2023年の労働市場のテーマと言えば『復活』だ。年初の逆風から労働市場は時を経るにつれて力をつけた」、「コロナ以来、低所得労働者層が最高の復活を示す記念すべき年となった。最大のポイントは、低失業率による労働市場の牽引と大幅な賃上げ交渉の成功であった」と評価する。また「労働市場の強さがストライキ成功の大きな鍵となり、全産業にわたって数十年来最も強力な労働協約が結べ、組合活動も活発になる」とのコメントもある。
具体例としては、5月の脚本家11万5千名のスト、6月の俳優16万名によるストが1960年代以来のハリウッド全面ストに発展、最終的には配信業界でのボーナス支給、AIからの保護規定を実現させた。自動車企業ビッグ3に対する全米自動車労働組合(UAW)の4万5千名ストでは4年半で25%の賃上げ、工場閉鎖の際のスト権を獲得した。10月には米国史上最大となるカイザー医療機関7万5千名のストにより4年間で20%賃上げ、カリフォルニアの最低賃金25ドルを実現した、看護師達は「家庭で子供と食事する時間が出来るようになった」と話す。
強力で知られるネバダ州調理師労組4万名は5年間で90年来最高の32%賃上げ、17年間カジノで清掃の仕事を続ける女性は「24.5ドルの時給が3.0ドル昇給でバケーションに行けそうだ。ただインフレが怖い」と語る。
その物価だが、最近沈静化が見られるものの、コロナ前との比較ではかなり高騰した。その間、労働者はパンデミックの苦い経験、企業利益の上昇や経営報酬の高騰に対する賃金停滞を見つめてきた。自動車産業では4年間のCEO報酬40%上昇に比較して労働者は6%止まり、そして戦闘的な交渉でも公平なシェアは獲得出来なかった。
米国商業会議所では「今年のストライキは地域企業とコミュニティ双方に打撃を与え、消費者支出の上昇と中小企業の弱体化をもたらした」と非難するが、ギャロップ世論調査での労働者支持は過去10年間に急上昇して67%を示した。反面、高い世論支持の陰では過去40年来の労働組合弱体化が続いており、組織率は1983年の20.1%が2022年には10.1%の最低を記録、23年も労働者総数増加率が組合員増加率を上回る事から低下は続くと見られる。
ストライキに参加していない大多数の米国労働者も、物価沈静化や転職機会の増大で実質賃金上昇の恩恵を受けた。また、横這いだった製造業や小売、専門職の雇用に対して、医療や教育、政府機関の雇用は根強い増加を示し、好環境は続いている。
弱小とされたグループへも好影響が及んでおり、白人の2倍とされる黒人労働者の失業率も5月には過去最低の5%を記録(その後5.8%へ上昇)、高卒以下の失業率も急回復、雇用回復は生産労働者、管理職以下の一般労働者に多く見られる。
こうして、労働市場は低失業と低所得者の底堅い賃上げが言われたコロナ以前に戻ってきており、2024年もこの傾向は続くと言われるが、来年には地域電話サービス事業のAT&Tの数万名の労働者、ハリウッドのテレビ・映画制作スタッフ、ボーイング労働者の協約など、新たなストライキの波が押し寄せる。
以上がWP記事だが、労働者不足を背景に労働組合が戦闘的な活動で大きな成果を挙げた2023年を振り返りながら、それでも40年続く労働組合組織率の低下が止まらない実情を指摘している。世論調査では労働組合支持率が上昇しながら、組織率低下が阻止できない現実をどう理解するのか?
その点では2024年の動向を見定めたいが、筆者は、「従来からの戦闘的労働運動で良いのか。世論が求める労働組合と現存組織とは違うのではないか」との疑問を持つ。
経済格差の解消と所得の公正分配が言われながら、90%の米国労働者に労働組合が無く、経営発言権がない現状に、世論が求めるのは労使対等での経営への要求の場ではないか。
その実現は、企業側の強い抵抗だけでなく労働組合の変革も予測される難事だが、皮肉なことに、共和党からマルコ・ルビオ上院議員(フロリダ州 2016年大統領候補)が2022年に同僚12議員や保守系労働専門家の賛同を得て、労使対立を誘因する現行法に代わり労使対話を促進するものとして「労使チームワーク法(TEAM)」と題する法案を発表した。内容は全企業を対象とした労使協議制義務付けの提案だが、採否は企業労使の合意に委ねられている。
企業の力で労働組合が骨抜きになるか、組合造りへの裾野を広げることになるのか、慎重な検討が必要となるが、EUに見られる労働組合による賃金などの協定交渉事項と職場環境改善などへの労使協議事項の分担も参考になる。
80%の労働者に労働組合が無い日本についても同様の事が言える。
TEAM法と同じ2022年、連合は長年の検討を終えて、一般労働者を対象に「全ての職場における集団的労使関係の構築に向けた労働者代表法制の導入」とする運動方針を発表した。
2年が経過した本年、持続的賃上げのためにも、その基盤となる企業段階の労使協議制確立に向けて、本格的な展開を強く期待したい。