苦悩するアルメニアの労働運動
アルメニアは南コーカサスに位置し、人口約300万人、面積はおよそ四国程度である。しかし900万人のアルメニア人が国外に住んでおり、この国を様々に支援している。ジョージア、アゼルバイジャン、トルコ、イランと国境を接し、アゼルバイジャン内部にナゴルノ・カラバフ共和国という飛び地を有しており、これがアゼルバイジャンとの領土紛争の原因となっている。
今年9月19日のアゼルバイジャンからのナゴルノ・カラバフ共和国への軍事作戦はアルメニアにとって最悪の事態となった。ナゴルノ・カラバフは海に面していないため、避難民の行く先はアルメニアのみである。エレバン(アルメニアの首都)で話を聞くと、「アゼルバイジャンはアルメニア人の民族浄化を狙っている」と真顔で言う。両国の対立は極限に達している。
歴史的には世界で初めてキリスト教を受け入れた国(紀元3世紀)として有名で、使途教会という独特のキリスト教文化を持っている。そして、東西の分岐点にあることから、過去から多くの諸民族の攻撃を受けながら国を維持してきた。
1917年のロシア革命では、アゼルバイジャン、アルメニア、グルジアの3ヵ国からなるザカフカース社会主義連邦ソビエト共和国となり、(1922年~1936年)その後、1991年のソ連邦の崩壊の際には、経済に大打撃受けた。企業閉鎖、大量の失業者の発生、インテリ層の国外脱出など、それはまた、アルメニア経済が旧ソ連圏の各国共和国経済との深い結びつきがあったことを示している。その後、現在に至るまでアルメニアは一歩一歩経済を再建してきたのである。
現在のおもな産業は、ワインやコニャック、建設業、建設用資材の採取(マイニング)、化学産業、靴や衣服など繊維産業、観光業である。
アルメニア労働総連合(KPA)は自由で民主的な労働組合である。会長はエレン・マナセリャンという若手の女性で、出身は教職員組合、アルメニアの労働組合の歴史の中で初の女性会長である。(2022年10月開催、第5回大会選出)副会長にはティルイ・ナザレチャン、ボリス・ハラチャンという古参の労働組合指導者が選出されている。KPAは18の産別から成り立っており、その下には585の企業別労組組織がある。組合員数は約20万人、組織率は約25%である。国際労働組合総連合会(ITUC)に加盟している。
アルメニアにおいても、インフォーマルセクターの規模は大きく、約60%がインフォーマルで働いている。彼らの多くは旅行業関係の仕事に従事し、彼らを組織化するのは至難の業だそうだ。エレン会長が言うには、「労働協約という概念を理解させること自体困難」とのことだ。しかし組織労働者も労働協約を活用しているのかと言うと、これも大いに疑問である。彼女は、各地の組合員を訪問しつつ、労働協約の重要性を説いている。機関紙(ネット版)を見ると、チャアラト・カパンという赤銅鉱コンビナートで労働者と管理者の双方が出席する会議に参加している記事があった。会議では、団体協約に定められていることであっても、実現が困難な問題や健康と安全に関する問題などに討論が集中したとある。活動的な新会長に組合員の期待は大きいようだ。
アルメニアは「社会国家」を標榜し、三者構成主義によって、社会問題を解決していこうとしている。しかし社会保障のレベルは低く、健康保険制度はないし、年金も一律130ドルとレベルは低い。そのため「死ぬまで働かねばならない」そうだ。失業率も高く20年推計で24.2%である。
産業別人口構成を見ると、第1次産業が30.4%、第2次産業が16.9%、第3次産業が52.7%となっており、一人当たりの国民総所得は4,680ドルである。(二宮書店「データブック・オブ・ザ・ワールド2022」)
KPA加盟の中での最大組合は、教職員組合であるという。反対に、郵便局の労働者のKPAへの組織化はされていないようだ。以前は通信労組があり、そこにテレコムと郵便の労働者が入っていたが、通信労組の委員長が死亡するとともに、後を継ぐ人がおらず、一部は運輸労組に吸収され、一部はそのまま活動しなくなったそうである。今、郵便局は一応形があるが、従業員はほとんどいないとのことだった。(エレン会長9月18日インタビュー)
一方、別の資料では郵便局員は約1,000人いるとあった。KPAに入っていない理由が何かありそうだ。
アルメニアでは多くのNGOが活動しているが、労働関係NGOとしてはソリダリティー・センターがある。2021年には事務所をエレバンに開き、これまで600人の労組活動家を教育、その約半数は若者という。(【YouTube】ブラウ専務理事のインタビュー)その活動の一つとして、女性プロフェッショナル発展ネットワーク会議が昨年9月16日にオンラインで開催されたとある。オックスファムと関係する当地のNGOオクシゲンと共同開催したようで、KPAのエレン会長もこの会議でエキスパートとして発言している。(オクシゲン:貧困問題関係NGO)
「2023年ナガルノ・カラバフ衝突」で、現在多くの難民がアルメニアに避難してきている。9月28日までで、その数は7万人を超えたという。2023年10月1日読売新聞は「アルメニア政府は9月30日、アゼルバイジャン領ナゴルノ・カラバフからのアルメニア系住民の避難者が10万417人に達したと明らかにした。約12万人とされる住民の大半がアルメニアに入国したとみられる。国連などは住民の保護や支援の必要性を訴えている。」と報じている。
アルメニアはこの飛び地である、ナガルノ・カラバフを失い、住民避難後の選挙によりアゼルバイジャンが実質的な主導権を持つことになるのであろうか。そうなるとKPAは事実上その地方組織の一つを失うことになる。そのインパクトの大きさは計り知れない。アゼルバイジャンの労組との対立は、より深刻なものとなろう。
2ヵ国の労働組合に橋をかけるITUCのイニシャティブが求められているが、それは相当困難なものにあるであろう。