ウクライナの労働規制改革:戦争とはいえ過ぎる反組合色
ゼレンスキー大統領の訪日によって、日本でもウクライナに対する関心が一層大きくなっているが、戦争という条件の中、ウクライナの労使関係、労働者の社会的保護に関する記事は少ない。実はこの面では、ウクライナはとても先進的とは言えない状況が戦争前から続いている。その1つの理由が、ソ連邦時代の流れをくむ労働法に対し、「社会主義は悪」の図式の下一方的な攻撃が加えられ、度々修正が行われていることである。もう一つの理由は、最近は共同行動を取ることが増えているとはいえ、ソ連邦時代の労組連合の流れを継ぐウクライナ労働組合連盟(FPU)とソ連時代末期独立労組として大規模ストを打った炭鉱労組の流れを継ぐウクライナ自由労働組合総連盟(KVPU)に労働組合が分裂しており、中々力を発揮できない事がある。ロシアとの戦争の中、政権側の労働組合に対する攻撃はどしどし進められている状況である。
ウクライナ戦争以降の経済の落ち込み
「ウクライナのデニス・シュミハリ首相は今年1月6日の閣議で、ウクライナの2022年通年の実質経済成長率が30.4%減になった模様だと報告した。ロシアとの戦争で生産設備やインフラが破壊されたため、経済は2021年から35%~40%縮小すると見込まれた。その中でも、ウクライナは持ち応えているとう点をシュミハリ首相は強調したようだ。」(JBプレス「GDPは3割減、大幅な縮小を余儀なくされたウクライナ経済をどう立て直す?」2023年1月14日土田 陽介)
こうした中で2022年度の雇用は21年と比べて15.5%落ちており、インフレ率、失業率とも30%に達すると言われている。このような状況の中で確実に進んでいるのが労働者の社会的保護の切り下げである。ウクライナ郵便労組ポロシコ副委員長が語るように、「労働者の社会的条件の切り下げが、戦争と言う条件の中で、労働法を修正することによって簡単に行われている」のである。
着々と進む労働法改悪
昨年3月15日上院は「戒厳令下における労使関係の組織について」を採択、ゼレンスキー大統領の署名によって法となった。その後多くの労働関係法案が可決された。例えば、労働時間の延長、ウクライナでよく聞く賃金の未払の問題は、戦争中は払わなくて良いとなっていること、労働協約も使用者が一方的に「効力を停止できる」となっていることなどである。さらに昨年8月17日には法5371号が大統領の署名を持って発効した。これは、長い事ウクライナの労働団体ばかりではなく、ILOやEUから問題点を指摘されていた法案だったが、これらの声を押し切って法制化されたのだった。その内容は、250人以下の職員を雇用する企業では、これまで労働条件は旧来の労働法で決まっていたが、これを個別の労使交渉で決めるというものである。ウクライナの労働者の73%がこの範疇に入り、組合の力が弱い中、「労使交渉で労働条件を決定する」となれば経営側が圧倒的に有利になる。さらに、ゼロ時間契約(最低労働時間の保障もなく、使用者からの呼び出しによって働く雇用形態)の合法化も行われており、これは戒厳令が廃止されても残ることになっている。(オープンデモクラシー22年8月25日号)
ゼレンスキーの与党「人民の奉仕者」は、「雇用の規制が余りに多いことは、市場の自然調節という原則、近代的な人材雇用の原則に反する」とし、さらに労働法改悪を進める構えである。1日12時間労働、正当な理由なく労働者を解雇することを経営者に認める事などが今後予定されると言う。(オープンデモクラシー同上)
労働組合側は、この動きに対し抵抗を強めているが、戒厳令の下、ストは勿論、抗議集会も開催できない条件下で、法5371に対しては違憲として憲法裁判所に訴え、さらにILOにも持ち込んでいる。
しかし議会側も一歩も退かない構えである。社会政策に関する議会委員会のハリナ・トレチャコーバ委員長は、「ILOは、ウクライナの個人の雇用契約を規制緩和し、より柔軟なやり方で雇用の権利を守ろうとするウクライナの努力に対するバリアーとなっている。大体人々は雇用契約を団体協約によって交渉したいとは思っていない。しかし1919年という工業化が進む時代に創設されたILOは、これに対しノーと言う。ILOは使用者に経済的に依存している労働者という概念に立っており、その意味で1971年に発展したウクライナの労働法の下にある」と述べ、ILOに反対している。(「ソシアル・ヨーロッパ」2022年8月10日)
国家による組合財産の接収
さらにナショナルセンターが持っている全ての組合財産(ホテル、ホステル、訓練施設など)が接収されようとしている。旧社会主義諸国に行くと、組合会館は通常首都の一等地にあり、不動産としての価値は高い。多くの国では組合がそのまま受け継いで、組合本部として使っているが、これは社会主義体制の下で作られたのだから国民のものであり、組合のものでは無いと言う主張がウクライナでは蒸し返されている。この種の主張は以前からあり、2018年欧州人権裁判所は、「労働組合の財産に対し国家による侵害は不法である」と判決したことで、収拾したように見えたが、今又出てきた。しかも12月28日にはナショナルセンター副会長が拘束される事件も勃発した。(DSニュース12月28日EUレポーター)
しかしこの主張の背後には、不動産を狙う者たちがいるのが普通であり、「組合所有財産の接収は、一定の政治的パワーブローカーの長期にわたるゴールとなっており、財産の私的コントロールを狙っている」(ウクライナ連帯キャンペイン2022年7月20日号)と言われている。ウクライナのナショナルセンターは国際労働組合総連合(ITUC)、欧州労働組合連合(ETUC)のメンバーである。ウクライナの労働問題は今やウクライナのEU加盟の最大の障害になってきた。良く知られているように、EUの労働者保護政策は社会的欧州と言うEUの柱の一つである。これを乱暴に攻撃する国家のEU加盟は認められないのが常識である。ライエン欧州委員会委員長は、「ここ数年の間ウクライナ政府との話し合いにおいて、欧州と国際労働基準に労働改革が適合すること、同時に社会対話の尊重と進化の必要性が引き続きテーマとなっている」と述べている。(DSニュース同上)ウクライナ政府による労働組合に対する攻撃をやめ、ウクライナのEU加盟という悲願を実現できるか、今全世界が注目している。