政治の季節を迎えるインドネシアの労働組合運動
オムニパス労働法反対の闘いは、結局2020年11月2日に法案が可決され、労組側は多少の修正を勝ち取っただけで終了した。1998年スハルト退陣以降形成された民主主義的空間の中でインドネシアの労働運動は急拡大し、又戦闘性を高めた。その中心はイクバル氏率いる金属労連(FSPMI)、及びそれが加入するナショナルセンター、インドネシア労働組合総連合(KSPI/CITU)であった。2014年大統領選挙でイクバル氏はスハルト時代に諜報組織を率いたプラヴォボ氏を推した。しかし選挙はジョコ・ウィドド氏の勝利となり、その後彼のリーダーシップの下ジャカルタの地下鉄やジャカルターバンドン間の高速鉄道計画など、実際にインドネシア市民が便利さを実感できる施策が行われ、ジョコ大統領は「名君」ぶりを発揮した。プラヴォボ氏までがジョコに取り込まれ、防衛大臣になってしまった。しかしKSPI/CITUのプラヴォボ氏支持の決定は、労働組合運動全体には大きな傷を残した。例えば、2014年サービス産業を中心とするKSPI/CITU傘下の産別ASPEKは、ジョコを支持するジャヤ議長とプラヴォボを支持する書記局の対立となり、議長の座から引きずり降ろされたジャヤは彼の支持母体であった郵便労組を連れてASPEKを脱退してしまった。以前内紛から金融労組が去り、そして郵便労組が去りで、今ASPEKに残っている組合は、ユナイテッドトラクター労組、高速道路料金徴収者組合などわずかとなった。ASPEK内で最大規模を誇った郵便労組はその後分裂し、その一部がASPEKに復帰したが、実際のメンバーは極めて少ない。こうした中2024年2月に行われるインドネシアの国政選挙は、およそ主要候補者が出揃い、いよいよ選挙戦に突入することとなった。主要候補は、最大与党闘争民主党(PDI-P)が推すガンジャル・プラノヴォ中部ジャワ州知事、連立与党グリンドラ党が押すプラボウォ・スピアント国防相、ナスデムを中心とする政党連合が推すアニス・パスウェダン・ジャカルタ州知事の三者となった。KSPI/CITUを中心とする労働組合の側は、労働党を作ることで対応しようとしている。以前存在した労働党は1998年福祉労働組合同盟(KSBSI)のパクパハンが創設し、労働側はKSBSIの支持しかなかった。今回の労働党は、KSPI/CITU、KSBSI、KSPSI(スハルト時代唯一許されたナショナルセンター)といった労働団体、農民団体、女性団体などをメンバーとしている。しかし今回の大統領選挙自体に労働党が参加することは有り得ないだろう。なぜなら国会で議席総数の2割以上を持つ政党、政党連合のみが大統領選挙に立候補できるからだ。しかしイクバル氏は意気軒昂である。労働側を含めインドネシアの政治状況は来年4月の総選挙を中心に動いている。
とは言っても、1998年には1つの公認ナショナルセンターしかなかったが、それ以降労働組合運動の自由が認められると共に、17のナショナルセンター、137の産別組織、1万1000以上の単組が乱立することとなったインドネシアの労働組合運動である。「政治の季節を迎える」と言っても、KSPI/CITU、KSBSI、KSPSIは労働党を支持しているが、他のナショナルセンターはそうではない。ましてや産別や単組はバラバラの状態である。
個別の労働組合、郵便労組と印刷労組の2組織を例に状況をもう少し深掘りしてみよう。ます郵便労組だが、郵便局の最大労組であるSPPIは労働党を支持しない立場である。どこのナショナルセンターにも産別にも入っていない郵便労組として集中すべきは組合員の状況である。昨年12月SPPIは協約交渉を終えた。組合は5.5%の賃上げ、交通費獲得などを獲得したが、内情はポス・インドネシアにとって相当厳しい状況と言うことだ。同社の最近の財政状況を見ると、「7000億ルピアの利益を出したとしているが、その内60%はアセットを移し替えただけの帳簿上のもので、実際の利益は2800億ルピアのみ」、「どのようにポス・インドネシアは今後の費用を捻出するのだろうか」とイワン委員長は述べる。(2月8日インタビュー)特筆すべきは、各郵便労組のメンバー数SPPI5000人、SPPI-KB3000人に対応し、協約交渉チームは9人中3人がSPPI―KBに割り当てられたことである。協約交渉も成熟したものになってきたと言えよう。
次に紙業印刷メディア産業労組(PPMI-SPSI)だが、この組織の上部団体はKSPSIである。ヘリ―PPMI―SPSIベカシ地区副委員長の話では、「我々も今度の選挙では労働党として登場する。私も党員だ」、「組合として労働党一本で行けるわけではない」、「労働運動全体の力が落ちてきていることは間違いない」と語っていた。(4月28日インタビュー)
今後のインドネシアの政治日程に合わせ、労働運動も「政治の季節」を迎えていることは間違いないが、その内実は複雑である。我々は、KSPI/CITUとKSBSIの両組織を中心にモノを考えがちだが、郵便労組の様にナショナルセンターに入っていない組合も多い。郵便労組は、組合員数は多いが、専従者はおらず、幹部の情熱によって成り立っている。インドネシアの労働運動を見る時、この幹部の情熱抜きにどの組合も成り立たない現実を踏まえ、我々も彼らを複眼的に見ていく必要があろう。