2023年度 スリランカの労働事情(インド・スリランカチーム)
本労働事情については、ナショナルセンター・参加者から提出された資料に基づき「労働事情を聴く会」、参加者との意見交換を基にまとめたものである。
<参加者>
スリランカ全国労働組合連盟(NTUF)
ランカ・ジャティカ団地労働者組合 青年担当
・コグラン セリア―(Mr. Kogulan Selliah)
ランカ・ジャティカ団地労働者組合 女性担当
・ヴァニタクマリ サウンダラジャン(Ms. Vanithakumari Soundarajan)
スリランカ・ニダハス・セワカ・サンガマヤ(SLNSS)
国営給水・排水庁労働組合 事務担当
・シャルマラ ナンサクマリ(Ms. Sharmala Nanthakumar)
スリランカ放送協会労働組合 組合員
・ファチュマ リフカ モハンメド シャミーン
(Ms. Fathuma Rifka Mohamadu Sameen)
1.基本情報
- 人口
2,216万人(外務省 令和5年6月21日更新情報)
- 宗教
仏教徒(70.1%)、ヒンドゥ教徒(12.6%)、イスラム教徒(9.7%)、
キリスト教徒(7.6%)(外務省 令和5年6月21日更新情報)
- 政体
共和制(外務省 令和5年6月21日更新情報)
- 主要産業
農業(紅茶、ゴム、ココナツ、米作)、繊維業(外務省 令和5年6月21日更新情報)
- 名目GDP
845億ドル(外務省 令和5年6月21日更新情報)
- GDP成長率
▲7.8%(外務省 令和5年6月21日更新情報)
- 物価上昇率
49.9%(外務省 令和5年6月21日更新情報)
- 失業率
4.6%(Trading Economics 令和5年データ)
2.労働事情
(1)SLNSS(スリランカ・ニダハス・セワカ・サンガマヤ)
①現在の課題
スリランカ経済が危機的状況にあって、政府が突然政策やプログラムを変更。慢性的な外貨不足、電力不足、賃金の上昇に対して政府は、正社員採用停止・再雇用の実施・福祉や手当の見直し、税務手続きの煩雑化などが国内外企業の発展に支障をきたしている。このため政府との協議会を経て「マンパワーシステム」を導入、低賃金なパートタイマーや契約社員を採用、出来るだけ多くの労働者を雇用できるよう対応している。
②労使紛争の事例
従来、経営側は年間21日の超過医療休暇手当として給料の1ヶ月分を支給していた。2023年に経営側は新しい経営方針として、前年未消化の超過医療休暇については支払わないことを発表。これに反発する労働組合は、抗議行動を行い方針撤回を訴え、これに勝利した。その後、経営側は政府の方針として将来この手当の廃止を改めて主張して、現在労働組合と協議中である。
スリランカ政府の政策変更や経営側の従来慣行の継続や経営不方針の変更は、企業収益にも影響を与え結果して従業員の福祉にも影響を与えている。これに対して労働組合は、他の労働組合とも共闘して経営側に抗議行動を行っている。労働組合は、物価高への対応など様々な要素を組み込んだ講義を行い、最終的に当該手当の継続支給を目指している。
③労使の主張
経営側は、超過医療休暇手当の停止・マンパワー制度の導入・年間最終利益手当の支払い停止・正社員新規採用停止・海外渡航休暇の手続き簡素化を提案。
労働組合は、超過医療休暇手当の支給・欠員補充のための新規採用・年間最終利益手当の支給・昇進の実施・給与税額控除の削減を要求。
④労使紛争(継続中)の結果
従業員の士気の低下、賃金格差の家族への影響拡大、労働組合の抗議行動が組織の混乱を招き、組織構造の変化は経営収支に影響、企業体力の減少などに影響を及ぼしている。
(2)NTUF(スリランカ全国労働組合連盟)
①労使紛争
茶畑などのプランテーションの現場において最低賃金支払い拒否の問題が起きている。これらの産業は、政府の方針によって1日1000スリランカルピーの支払いが定められているが、22のプランテーション農園オーナーがこれを無視して安い賃金で雇用している。この1日1000スリランカルピーは5年前に決定された基準であり、現在のスリランカでは1日最低3250スリランカルピーが必要とされている。これらの仕事は、200年を超える歴史ある産業であるが、労働者の安全面や生活面での問題も多く抱えている。
プランテーションのオーナー達は、労働組合の訴えに基づき裁判所から改善に向けた勧告が出されたが、理由をつけてこれを無視し続けている。彼らは政府から様々な支援を受けているのにも関わらず、利益のみに走り適正な農園管理も出来ていない状況で、害獣被害に苦しむ近隣住民も多い。
労働組合は、この不法行為を続けるプランテーションのオーナーに対して、協議の場を通じて問題の解消に取り組むとともに、国内外の労働組合組織との連帯を呼びかかけている。
3.労働法制
(1)現状
「労働組合法」は、労働組合の設立(7名以上の労働者)、労働組合の登録、組合員の権利と義務、公務員組合について規定、企業内の労使協議会については「労働者協議会法」、労使紛争の処理については「労使紛争法」で労働委員会による仲裁、労働裁判所、産業裁判所について規定。工場に関しては「工場法」、商店やオフィスについては「店舗及び事務所の労働に関する法」で定めている。
労働基準では、工場で1日8時間・週44時間・事務所では女性1日9時間、20時以降の就労禁止、定年は男性55歳、女性50歳となっている。
(2)問題とナショナルセンターの取り組み
労働に関する法律は全体的に日本より緩やかで、就業規則の作成義務はなく男女の格差もある。
最低賃金は、1920年代プランテーションで働くインド人労働者向けに制定され、現在は政労使による「賃金委員会」で決定されている。最低月額10000スリランカルピー、企業で働く労働者は15600スリランカルピーとなっているが、これは現在の経済状況を全く反映していない。全国的に最低賃金が守られていないため、労働者と経営側との紛争が絶えない。労働組合は、全国最低賃金26000スリランカルピーへの引上げを要求、政府は全く応じていない。全国的な労使対話システムである「全国労働諮問評議会」(NLAC)で政労使の対話を進めている。
(3)労働法改正の動向
スリランカ政府は現行労働法の改正を提案しており、その内容は使用者が自己の利益確保のため、自由貿易地域と輸出品製造業の労働者を全国労働諮問評議会からの締め出しを画策、政府は労働組合の関与に無関心で投資家よりの労働法改正を目論んでいる。
4.社会保障制度
(1)現状
スリランカの民間労働者は、被雇用者準備金(EPF)に加入して退職後に年金が受給できる。またこの口座を利用して住宅ローンの借り入れも可能。社会保険料は積立金として給与の8%を労働者、12%を使用者が負担してスリランカ中央銀行に積み立てる。
退職年金は、男性55歳、女性50歳、結婚後退職した女性が受給できる。
公務員は公務員年金に加入、保険料の負担はなく最後の給与の90%が年金として受給される。
スリランカに雇用保険はなく失業や退職後の補償を目的とした被雇用者信託基金(ETF)がある。労働者の負担はなく、使用者は給与の3%をETFの労働者の口座に拠出、労働者はその総額と利息分を受け取ることが出来る。
スリランカでは、公的な医療は無償となっている。「全国民に無償の保険サービスを」を基本方針として国家の義務となっている。
労働者保障法によって、業務上の理由による障害や疾病に対して使用者が労働者に保障を行う義務がある。
(2)問題とナショナルセンターの取り組み
スリランカの社会保障制度は、超低所得世帯への現金支給を目的としているが、その需給には政府への忠誠が問われているなど政治的に利用されるなど、汚職の根源となっている。政府の方針は民間より公務員、貧困層より富裕層と海外投資家を優遇しており、ナショナルセンターは公平で公正な社会保障プログラムの実施を要請。
(3)社会保障制度改正の動向
現在の経済危機の背景にある、慢性的な貿易赤字、観光収入激減、外貨不足は恒常的な財政赤字を生み、財政赤字解消のための増税や歳出改革に取り組む必要から従来の社会保障制度の見直しは必至である。