活動報告 各国の労働事情報告

2022年 チュニジアの労働事情 (アフリカ・中東チーム)

2022年9月9日 報告

国際労働財団(JILAF)は、2022年9月5日~9日、チュニジアの労働組合活動家に日本の労働事情などについての知見を深めてもらうためのプログラムを実施した。プログラムはCOVID-19パンデミック禍にあって、オンラインにより実施されたもので、以下は、参加したUGTT(チュニジア労働総同盟)代表による報告等を参考にまとめたものである。

チュニジア労働総同盟(UGTT)

Y.S
高等教育教員組合 副書記長
J.T
社会事業関係労組連合 書記長

1.基本情報

面積は約16万3千600平方キロ(日本の約5分の2)、人口は約1,202万人(2021年、IMF推計)、政治体制は共和制をとっている。
経済成長は、2010年末から2011年にかけて起こった民主化運動(ジャスミン革命)以降は低迷が続き、2010年代の平均成長率は1.7%にとどまった。ここ数年の実質成長率はIMFのデータによれば2018年2.55%、2019年1.51%とプラスを維持していたが、新型コロナウイルス感染症の影響下にあった2020年については-9.34%と大きく落ち込んだ。但し、2021年には3.10%(推計)となり、回復を見せている。
産業別GDP構成比で主要産業(2019年現在)を見ると、医療・教育・公務・その他サービス部門が38%程度を占め、続いて製造業と、商業・レストラン・ホテルがどちらも約15%のシェアで並んでいる。なお、農業のシェアは他のアフリカ諸国に比べ低く、11%程度に過ぎない。
消費者物価上昇率は2018年7.31%、2019年6.72%、2020年5.64%、2021年5.71%と(IMF)、高い水準が続いている。また、一人当たりGDP(名目)は2018年3,661米ドル、2019年3,545ドル、2020年3,571ドル、2021年3,867ドルであった(IMF、2020年以降は推計)。
最低賃金は、2020年の改定に基づき、2022年現在は、非農業の場合は週48時間労働で月額429チュニジア・ディナール(2022年9月14日現在で132.99米ドル相当)と週40時間労働で月額366ディナール(113.46米ドル)の2種類、農業の場合は日額16.5ディナール(5.11米ドル)である。
失業率は、世銀データによれば、2011年に18.33%に跳ね上がったが、2014年には15.06%となり、それ以降15%台が続いた。近年の数字を見ると2018年15.46%、2019年15.13%、2020年16.69%で、依然として非常に高い水準が続いている。
以上で見たように、ジャスミン革命後も経済の立て直しがままならず、そこにコロナ禍の影響が追い打ちをかける形となり、2021年には反政府デモが全国的に相次ぐ状況となった。これを受け、サイード大統領は2021年7月に首相解任と国会の活動一時停止を発表し、政治は大混乱に陥った。サイード大統領の下で、2022年7月25日、大統領の権限拡大を目的とする憲法改正についての国民投票が実施され、新憲法が過半数の賛成で承認された。このことにより、大統領に強大な権限が集中する政治体制が構築される見通しとなり、「アラブの春」の後、議会制民主主義を着実に進めてきた唯一の国であるチュニジアの今後が注目される。
労働組合のナショナルセンターはチュニジア労働総同盟(UGTT)で、約100万人を組織し、ITUC(国際労働組合総連合)に加盟している。

2.労働運動が直面する課題

(1)政治の不安定化と労働状況の悪化

物価高と購買力の低下で、全ての労働者の生活が非常に苦しくなっている。大学教員も同様で、相応の生活ができない状況になっている。その背景にあるのは政治の混乱と不安定化であり、経済・社会の両面に深刻な悪影響を与えている。
政治の不安定化は、組合活動自体が脅かされる状況を招いている。公務・公共セクターでは、2021年2月に大統領府が発した指令により、団体交渉ができなくなっている。それ以前は、各部門別の労働組合が各関係省庁との間で団体交渉を行うことが認められていたが、旧政権と労働組合との間で成立していた合意の履行を阻止しようとする現政権の姿勢が如実に表れた結果である。
同様の事態は民間部門でも見られ、使用者団体であるチュニジア商工業手工業連盟(UTICA)とUGTTとの間での毎年の賃上げ交渉についての合意に対しても、それを無視することを奨励するような政治介入が行われている。
また、労働組合活動への深刻な政治介入として挙げられるのは、労働組合に対する誹謗中傷である。大学教員の組合に対する誹謗中傷は特にひどく、若手の組合加入回避へと繋がっている。また、高等教育部門では政治介入の下で、組合の分裂と別組合の結成という事態となり、従来からある組合が新組合からの攻撃にさらされ、従来からある組合の活動への信頼性が失われてしまった。

(2)UGTTの対応と限界

 UGTTは、政府に対し、前政権以前の政権と合意した社会的権利を回復するよう要求している。しかし、現政権は実質的な対話に応じようとはせず、UGTTからの現実的な提案にも回答がない。このように政治が不安定な上に、様々な問題がからみあって問題が複雑化している状況にあっては、解決が非常に困難となっている。
UGTTの主な提案は以下のとおり。

  • 公共事業部門を救済し組合を関与させるための国家的戦略の策定

  • 職業訓練と学術研究のシステムとを連携させる形で、新たな産業政策を確立する

  • 国民の力を活用する大規模プロジェクトの立案・実施

  • 税制、教育制度、保健制度の見直し

  • 労働協約、及び各種合意事項の実施

  • 公共事業部門及び公務員の賃金、並びに農業・工業部門の最低賃金の引き上げ

3.最近の労使紛争事例
(1)労働争議の概要
  • イタリアに本社を置くD社は、チュニジアの主要産業である繊維織物既製服産業部門に属する企業である。D社は約1,200人の女性工員を雇用し、2016年には基礎組合が結成された。基礎組合は繊維織物既製服産業部門の労働協約の実施に向けた活動を開始したものの、経営側にはこれを受け入れる姿勢が見られなかった。

  • コロナ禍に見舞われる中で労働組合が提出した要求を巡っては、経営側を含む全当事者の出席を得て、地方労働事務所において合意文書への署名が行われた。

  • しかし、経営者はこの合意に不満であったため、外部の暴力集団を社内に呼び込み、女性工員に対して暴力を振るわせた。これにより健全な労働環境が失われ、女性工員はピケッティングで応じることとなった。当局も介入したが事態打開にはつながらず、事案は司法の扱うところとなり、当該経営者に対しては渡航禁止の判決が出された。一方で、ピケッティングは9ヶ月に及び、女性工員たちが収監されるに至った。彼女らはUGTT本部の介入により釈放されたものの、結局事業所は閉鎖され、女性工員たちは解雇された。

(2)労働争議の結果
  • 労働組合は不当解雇された女性工員たちの権利の回復を求めているが、現時点で何の前進も見られていない。なお、具体的な要求事項は、不当解雇の禁止と解雇された全員の復職、労働組合活動を認めること、基礎賃金を1.5段階引き上げた上で全体の賃金体系を見直すこと、コロナ禍前に合意した150ディナールの手当を支給すること、である。
  • 事態に前進が全く見られないだけでなく、当該イタリア人経営者は既に別の事業所を立ち上げ、別の労働者を雇用して事業を再開している。なお、このD社の例は特別に異常なもので、織物縫製部門に所属する他のヨーロッパ諸国からの企業は労働者の権利を尊重し良好な労働環境を提供している。