活動報告 各国の労働事情報告

2022年 タイの労働事情 (再招へいチーム)

2022年10月28日 報告

 国際労働財団(JILAF)では、10月24日~28日の日程でタイの労働組合役員を再招へいし、労働を取り巻く最新情報の共有や日本の労働組合の課題、労使紛争未然防止の取り組み等について学ぶためのプログラムを実施した。新型コロナウィルスの影響後初めての来日チームであり、10月27日の「海外の労働事情を聴く会」はウェビナーでの開催となったが、会場内外からの参加を得てタイにおける労使紛争の状況やその解決に向けた取り組みについて報告が行われた。以下はその概要をまとめたものである。

ナショナルセンター ITUCタイ協議会(ITUC‐TC)

国営企業労働連盟(SERC)
国営トランプ工場労働組合委員長

国営企業労働連盟(SERC)
全国テレコム公共会社労働組合委員長、SERC副書記長

タイ労働組合会議(TTUC)
高分子労働組合委員長、TTUC書記

タイ労働組合会議(TTUC)
ナンブーン漂白染色労働組合顧問、TTUC顧問

タイ労働会議(LCT)
タイ工業部品労働組合委員長、LCT書記長

民間産業労働組合会議(NCPE)
日本メカトロニクスパーツタイランド労働組合書記、NCPE副書記

1.基本情報

タイ王国は、東南アジアのインドシナ半島とマレー半島に位置し、マレーシア、カンボジア、ラオス、ミャンマーと国境を接している。国土は51万4千平方㎞で日本の約1.4倍、人口6617万人で首都はバンコクである。宗教は主に仏教で言語はタイ語、通貨はバーツ、民族はタイ族が大半を占めて政治体制は立憲君主制二院制である。かつてはアユタヤ王国と呼ばれ1939年にタイと変更された。高い教育水準と豊かな国土を背景に日本や欧米の資本を基に工業国へと成長した。日系企業の進出は1600社を超え対日感情も良好である。
経済的指標は、実質GDP成長率1.5%、名目GDP総額5060億ドル、一人当たりの名目GDP7336ドル、消費者物価上昇率1.2%、失業率1.7%となっている。東南アジア有数の経済規模を誇り、自動車・自動車部品・電子機器・電子機器部品を主に輸出、機械・金属・原油を輸入している。主な貿易相手国として、アメリカ、中国、日本に輸出して同じくアメリカ、中国、日本から輸入している。主な産業は農業、コメが最重要な農産物であり天然ゴム、タピオカ、穀物、砂糖も生産されている。観光産業も有力な産業で日本、欧米、オーストラリアなどから多くの観光客が訪れる。
ナショナルセンターは大小複数の組織が存在して、国営企業労働連盟(SERC)、タイ労働会議(LCT)、タイ労働組合会議(TTUC)、民間産業労働組合会議(NCPE)の4組織がITUCタイ協議会を構成している。

2.労使紛争の状況と事例報告

(1)国営企業労働関係法の改定をめぐる労使の見解(SERC)

 タイ政府は1975年制定の国営企業労働関係法の改定を検討。この改定案は、政府が労働組合の弱体化と殲滅を画策したもので、国営企業労働連盟(SERC)は労働省大臣に意見書を提出。その内容は

  • 個人の自由と権利の制限はILO中核的労働基準第87号第98号に違反。
  • 国営企業の弱体化と分裂、民営化を目的としており、労働組合の破壊につながる。
  • 改定案では労使交渉は不可能となり労使関係が悪化する。
  • 国営企業の政治的な参加が不可能となりタイ王国憲法に違反。

これらに対して政府は強行に改定案の施行を目指しており、SERCはさらに①改定案の撤回、②ILO第87号98号の承認、③国営・民間労働法の一本化を求めた要求書を提出。政府はこれを受領し、今後の検討を約束したが、SERCとしては今後も引き続き政府の対応を注視し、国営企業労働関係法改定案の即時撤回を要求する書簡を準備している。

(2)経営側の誤解が招いた労使紛争(SERC)

 国営企業の使用者は労働組合に対して好感を持っていないため、労使関係は良好ではない。この事例はそうした背景から、労働組合が提出した労働活動参加申請書に対して、使用者が協力を拒否した事が発端となっている。

  1. 使用者は労働組合の要求に関する労使交渉を拒否。
  2. 労働組合は労働省に対して労使紛争問題解決のための介入を要請。
  3. 労使の見解はかみあわず、使用者は労働組合に対する懲罰委員会を設置するとともに名誉棄損による訴訟問題に発展した。

大きな問題に発展した原因は、労働組合が労働省に提出した民間企業を優遇する政策見直しを要請した文書を、使用者は自身の経営的資質について訴えたものと勘違いしたために起きたものである。その後、労使関係はさらに悪化して労使交渉は不可能な状況となった。労働組合は、事態の収拾を目的に労働省調整担当官に依頼、一部については合意したが解決には至っていない。名誉棄損の訴訟問題は双方が対決する構えとなっており先行きは不透明。

(3)使用者による企業統治がなされず労働組合を認知しない事例(TTUC)

一件目は、使用者が労働組合の提出したチェックオフのための労働組合員名簿を悪用して、名簿にある組合員に対して労働組合からの脱退を強要した件。
二件目は、使用者が要求中の労働組合役員を解雇して、労働組合への不参加を条件に新規に従業員を採用した件。労働組合の要求内容は、賞与・賃金・各種手当の詳細を会社が労働組合に開示する事であった。しかし、会社側はこれを無視して逆に福利厚生費の削減について労働組合に提案した。これを契機に労働組合は使用者に対する反発を強めて、交渉が決裂した場合は労働者保護のため労働福祉局に調停を依頼、それでも合意できない場合は労働関係委員会に申し立てを検討。これに対して、使用者は交渉の早期解決のためあらゆる裁量権を認めることを主張して労使関係はさらに悪化した。
この二件とも日本では使用者の労働基準法違反の不当労働行為にあたるもので、タイでは労働法違反である。
労使紛争の原因は、使用者が法律を遵守しない、良好な労使関係を望まない、企業利益のみを追求し福利厚生費を減額したいことが根底にあるが、労働組合も要求貫徹のため一切の妥協や譲歩を戦略として持っていないことも原因である。結果として、この労使紛争は解雇された労働組合役員は収入を失い、使用者は生産性が低下し企業利益が減少して双方が損害を被ることとなった。

(4)民間産業労働組合会議(NCPE)における労使紛争の状況

発生した事例としては、年次交渉、福利厚生会議の開催拒否、不当な懲戒処分などを理由に発生した労使紛争である。
主な労使紛争の原因としては、・不誠実な交渉が多く状況把握や事実確認がなされず、隠蔽や虚偽の情報提供が行われている。・建設的な労使関係が構築されておらず法的知識も不足して解雇権の乱用や職権乱用による過度な懲戒処分が行われている。・使用者の財務諸表等の不開示や各種情報の隠蔽があげられる。
労使の主張としては、労働者側は賞与・賃上げ・福利厚生費の充実等であり、使用者側はコスト削減・支出削減・人員削減・福利厚生費削減である。
解決のための行為としては、労働者側は法律を遵守して正式な手続きを取り話し合いによって紛争の原因を理解して解決を目指す。使用者側は良好な労使関係の構築をはかり、互いを理解するために話し合い譲り合い歩み寄る姿勢を示す事。
労使紛争がもたらす結果としては、良い結果が出た場合のメリットは問題の原因を認識して相互理解が深まる。協力協調することにより生産性が高まり利益も増加して労働条件が向上する。しかし逆に悪い結果が出た場合はデメリットとして、相互に不信感を抱きストライキ・労働者不足により生産性が低下して企業利益も減少し従業員の収入も減となり労使双方が損失を被る。
明るい将来展望を望むためには、公平で安定した就業機会の確保、継続的な投資と雇用の創出、非正規労働者の減少と正規労働者の増加、独立を目座す労働者の支援などがあげられる。

(5)労働組合の対応が功を奏して問題が解決した好事例(LCT)

日系部品製造企業での労使紛争事例。労働組合は賞与の増額とCOVID-19による病気休暇の労働条件改善について8項目の要求書を提出、以降合計⑤回の団体交渉を行った。
1回目は進展を見せなかったが、2回目の交渉で主要項目を除くいくつかの要求事項が合意された。3回目はCOVID-19に関する交渉を行ったが、会社側はCOVID-19による病気休暇を取得したものは昇給や賃金査定の評価項目対象とする事を検討しており、これに対して労働組合側は反発。COVID-19は世界的パンデミックであり病気休暇取得は不可抗力なため評価対象とすることに反論して交渉した結果、最終的に会社側は組合の主張を受けいれ合意に達した。タイでは多くの会社がCOVID-19による影響を受けており、政府から社会保険を助成金として会社に支給したことも交渉を優位に展開させる要因ともなった。
4回目、5回目と賞与について交渉を行ったが進展せず、労働組合は県の労働保護福祉局に対して調停斡旋の申し立てを行った。労働保護福祉局は紛争解決のための労使交渉を設定、結果として要求金額を上回る金額で合意に達する事となった。
労使双方による建設的な理解促進と解決に向けた真摯な取り組みが解決に結びついた。