組織名 | イスラエル労働総同盟 | ||||
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General Federation of Labour in Israel(HISTADRUT) | |||||
住所 | 93 Arlozorov Street Tel-Aviv 62098 ISRAEL |
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電話番号 | (972)-3-6921511(国際局) | ||||
FAX番号 | (972)-3-6921512(国際局) | ||||
メールアドレス | avitals@histadrut.org.il | ||||
ホームページ | http://www.histadrut.org.il/ | ||||
役員名 | 議 長:Mr. Arnon Bar-David | ||||
組合員数 | 約80万人 | ||||
執行委員数 | 54人 | ||||
加盟組織 | 28産別組織 <2016年7月現在> ※1996年は45産別 |
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地方組織数 | 29地方組織 | ||||
主要加盟産別業種 | ①公務員・事務職員 ②ホテル・飲食・庭師・警備・清掃・看護師・農業 ③政府職員 ④金属・電子電機 ⑤食品・製薬 | ||||
加盟国際組織 | ・国際労働組合総連合(ITUC) ・国際労働組合総連合アジア太平洋地域組織(ITUC-AP) |
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大会情報 | 5年に1回開催
前回:2012年7月開催 |
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主要課題・活動方針 | 1)国内の社会的格差の縮小 2)労働者・年金生活者の権利の擁護 3)伝統的産業部門ならびに新規産業部門の労働者の組織化、特に青年の組織化 4)障害のある労働者の労働市場への参画 5)男女平等に向けた努力 |
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略史 | 1904年 パレスチナにおいて最初の労働組合(教職員組合)設立。 1912年 労働者傷病基金(Kupat Holim)設立。 1920年 労働者傷病基金と全ての労働組合を合併し、HISTADRUTを設立。 1924年 HISTADRUT青年組織設立。 1927年 HISTADRUT労働経済研究所(Hevratovdim)設立。 1948年 イスラエル建国。イスラエル労働者の利益のためHISTADRUTによって設立された労働協約、年金、準備基金の取り組みを行なう。 1960年 アラブ系イスラエル人がHISTADRUTのメンバーとなり幹部に任命される。 1995年1月 労働者傷病基金を国に移管。1993年に 185万人といわれた組織人員は96年現在、80万人に減少。 1995年11月 ラビン首相暗殺。 1995年12月 ラモン書記長の内務大臣転出に伴い、アミール・ペレツ前労働組合部長を議長(書記長名称変更)に選出。ペレツ議長は、組織改革を実施。 1996年1月~12月にかけて本部の各部門をエルサレムに移転。 1995年、1997年、1998~2000年 JILAFの後援によりパレスチナ労働組合総連盟(PGFTU)とHISTADRUTが様々な主題で合同セミナーを行なう。 2013年、ペレフォン携帯電話会社における結社の自由擁護の判決 2014年、障害者の労働市場参加に関する協定締結 2015年、最低賃金を5.300シェケル(US$1,370相当)に引き上げる枠組協定締結 |
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同国の主な進出日系企業 |
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同国の日系企業拠点数 | 66(外務省「海外在留邦人数調査統計」日系企業拠点数 2017年10月1日現在) | ||||
JILAFとの関係 | (1)最近の招聘者実績
2016年(2人)1999年(2人)、1997年(3人)、1996年(3人)
1991年―1999年に17人(男性15人、女性2人)を招聘。 (2)最近の現地支援プロジェクト パレスチナ労働組合一般同盟(PGFTU)と共にセミナ-開催 1997年(法律問題)、1998年(法律問題・社会保障)、1999年(安全衛生)、2000年(労働協約) |
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備考 | 本部:議長、議長局(国際部等)、労働組合部、組織・労働評議会部、財政・会計部、行政・管理マンパワー 部、企画・ロジスティーク 部、社会保障部、福祉部、青年部、文化部、教育・スポーツ部
イスラエルの人口:706万人 |
参考
イスラエル国のILO条約批准 | |||
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[1]批准条約総数 | 49条約 | ||
[2]中核的労働基準 | 結社の自由及び団体交渉 | 第87号 | 第98号 |
強制労働の禁止 | 第29号 | 第105号 | |
児童労働の実効的な廃止 | 第138号 | 第182号 | |
雇用及び職業における差別の排除 | 第100号 | 第111号 | |
安全で健康的な労働環境 | 第155号 | 第187号 |
(が批准済)