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No.654(2021/12/24)
長期停滞する日本の賃金、2022年局面が変わるか

 米連邦準備理事会(FRB)は15日の米連邦公開市場委員会(FOMC)で、米国債などの資産を購入する量的緩和縮小(テーパリング)を加速させることを決めた。景気回復と物価上昇を受けての対応で、大規模な金融緩和から抜け出せない日本とは対照的であるが、これにより、世界で物価が上昇し、日本や、アジアの発展途上国等の経済への影響が懸念されている。そういった状況において、日本の経済を支える労働者の賃上げの状況はどうだろうか。

 岸田首相は2021年12月6日から始まった臨時国会の冒頭、所信表明演説を行い、「新しい資本主義のもとでの分配」の中で、「人への分配はコストではなく、未来への投資であるとし、国が率先して看護・介護などの分野で給与の引き上げを行い、その上で民間企業の賃上げを支援するために環境整備に全力で取り組む」と約束した。

 朝日新聞は10月20日「安倍政権が始めた経済政策アベノミクスも日本経済の流れをほとんど変えられず、(中略)『失われた30年』とも呼ばれる経済の停滞が続いている」と報道した。経済成長には消費の拡大が欠かせない。その原動力である賃金について「日本は世界第3位の経済大国だが平均賃金はOECD加盟国35カ国中22位でその水準も平均値以下となっている、格差が大きかった韓国にも追い越された状態だ」と記している。

 このような日本の雇用労働者の長期にわたる賃金停滞は働く者の生活向上を阻むばかりか、日本経済の発展の重大な阻害要因となっており、まさに今日国を挙げて解決に取り組むべき最重要課題の一つと言える。

 賃金停滞の要因としてよく語られるのが労働生産性の低下だ。朝日新聞もこの点を指摘しているが、ILOの調査による一人あたり労働生産性の国際比較では日本は国連加盟国中1995年第37位、2019年第37位と全く変わっていない。また1995-2019年の間の伸び率も、米国の44%増には大きく見劣りするものの、日本は20%増と英国27%増、フランス22%増、ドイツ20%増と比べ大きく下回るものではない。
 一方、賃金はこの間、英国39%、ドイツ28%、フランス28%増に対し、日本はわずか3%増にとどまっており、労働生産性の変化と賃金停滞との関連はないと言えよう。

 次に指摘される要因が非正規労働者の増加である。企業は1990年以降、人件費が安く雇い止めしやすい非正規労働者を急速に増やしてきた。1985年15%だった非正規労働者比率は1990年21%、2004年に30%を超え、2019年には38%までに拡大している。国税庁の民間給与実態調査では正規労働者の平均年収503万円に対し非正規は175万円と大きな格差がある。非正規労働者の比率が増加したことで平均賃金が押し下げられたことは否めない。
 しかし、2019年の国税庁・民間給与実態調査による平均賃金436万円は、仮に非正規労働者の比率が1995年と同じ21%であったとしても、438万円にすぎず1995年の410万円に対し7%増であり、必ずしも賃金停滞の大きな要因とは言えない。

 また企業の支払い能力については、財務省「法人企業統計調査」によると2019年の企業の内部留保は450兆円と1995年の3倍にまで増加しており、賃上げに十分な体力を有していると言える。

 企業には支払い能力があり、労働生産性は低下しておらず、非正規労働者の増加も賃金上昇を阻む要因としてはさほど大きくない。

 そこで指摘される点が、労働組合の賃金引き上げ交渉力の低下及び労働者個人による賃金引き上げ交渉の欠如である。労働組合組織率は1975年に35%であったものが1995年24%、近年下げ止まってきたとはいえ、2019年には17%にまで低下している。
 加えて長期に渡る経済停滞下で労働組合は賃金引き上げよりも雇用確保を優先せざるを得ない環境に置かれてきたことも事実だ。

 定量的な分析は難しいものの、ここまで労働組合組織率が落ちると、春闘の社会的波及効果も大きく低下しているだろう。加えて長期経済停滞の中、企業別組合の賃金引き上げも長期に渡って要求が困難だったと言えるのではないか。
 その結果、1995年以降、主要企業の賃上げ率は、1997年の2.9%をピークに、2021年までの26年間、1.6%から2.9%の間で推移し、平均では2.0%となっている。

 ここで、「労働者個人による賃金引き上げ交渉」はどうか?
 日・米・仏・デンマーク・中国の5カ国の民間企業で働く30代・40代を対象にリクルートワークスの行った調査がある。
 この調査をもとにリクルートワークスは9月21日、連合総研中村主幹研究員による「なぜ海外では7割が賃金交渉しているのに、日本は3割に留まるのか」との記事を同社のウェブサイトに掲載した。
 これによると、賃金決定の要因として「個人と会社の個別交渉」を上げたものの割合が日本が20%であるのに対し、他の4カ国では56%~65%とかなり高い結果となっている。
 またこの調査では日本の30代・40代の働く人達が賃金決定要因がわからないと答えたものが33%と際立って高いこともわかった。他国は1%~18%。
 なお、労働組合と使用者の団体交渉を賃金の決定要因とするものも、日本が20%、他の4カ国は29%~51%となっていて日本が最も低い。

賃金の決定要因だと思うもの

(リクルートワークス研究所2020、5カ国リレーション調査)

 そして日本ではそもそも賃金決定のメカニズムを理解していない人が3割以上おり、他国に比べ賃金に関する交渉が低調か認知されておらず、労働者の賃金決定における当事者性が低いとしている。
 以上のように、日本は現状、集団的賃金交渉が衰退し、それを補う個人単位での交渉も根付いておらず、雇用の流動化やジョブ型雇用への移行が進む中、賃金という労働条件の根幹において労働者がその決定に関与できないという深刻な事態が出現しているとまとめている。

 こうして見てくると、長期の賃金停滞の要因は、労働生産性、非正規労働者の増加、企業の支払い能力ではなく、働く者の賃金引き上げ交渉力に最も大きな課題があるように思われる。

 2022年の賃上げ交渉が始まろうとしている。連合はここ数年と同じ4%の賃上げを掲げ春闘に臨もうとしている。連合芳野新会長、岸田新首相、6月に交代した経団連十倉新会長ののもと、連合・各組合にとってはもちろん、政府・経済界にとっても例年以上に重要な賃金引き上げになることは間違いない。
 連合・各組合ともに交渉力の強化を図り、着実な成果を上げて欲しい。そして何より大事なことは春闘の社会的波及効果を高め、労働組合のない企業の労働者の賃上げの指標となってもらいたい。

 更に賃金引き上げに関する中期的な労働組合の課題としては、連合をはじめ産別・企業別組合ともに労働者の賃金決定への参画の現状を直視し、多様化する個々の組合員の働き方をより一層サポートすることを通じて、労働組合への求心力高めていくべきだろう。それが結果として、労働組合組織率を向上させ、経営側との信頼関係の醸成、交渉力の強化へとつながっていくと考えられる。
 また、リクルートワークス研究所の指摘する「労働者の賃金決定における当事者性の低さ」については、これをどう改善していくのか連合にとっても重要な課題である。連合でも種々の啓発活動を展開しているが、これは教育の問題であり、労働者の権利・義務の問題意識をどう高めていくのかまさに政府の責任と役割は大きい。

 2022年の春闘に向けた国内の状況を注視するとともに、弊財団が連携・支援する各国の経済情勢や賃金の状況についても目を配りたい。

発行:公益財団法人 国際労働財団  https://www.jilaf.or.jp/
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