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No.634(2021/7/19)
ギグワーカーの労働基準に米英で新たな展開

 5月20日のウォールストリート・ジャーナル紙(WSJ)の社説は「ニューヨーク州で進められているウーバー及びリフト両社と労働組合との交渉は、悪魔に魂を売るファウストに似て、労働者を労働組合に売り渡そうとするものだ」として批判した。要旨は以下のとおりである。

 民主党と労働組合は全米のギグワーカーについて、独立契約者ではなく従業員と区分する法改定運動を進めている。改定されると、労働者は法律が定める諸手当や労働保護を受けられるが、相乗りタクシーや食品配達のビジネスモデルは大きな変更を迫られることになる。
 今まで、ギグ会社はこの法制化を阻止してきたが、戦いに疲れた様子を見せており、ニューヨーク州での労働組合との交渉では、市場での優位性を確立する代わりに労組結成を認める動きを見せている。
 首都オールバニー市で進んでいる法律草案は、会社が労働者の連絡先を組合に渡すことで労働者への接触を認め、10%の賛成署名を集めれば、無記名投票なしで、彼らの代表としての労組結成が出来るとするものである。
 こうして労働組合は“部門ごとに”全ての会社を巻き込んで労使交渉を行う権利を取得し、決められた労働条件が全労働者に適用される。しかし技術的にはこれは労働契約ではない。

 労使はこの労働条件をニューヨーク州に勧告してそれが法律になる。こうしてウーバーやリフトなどの大手会社は法律の強力な推進役でありながら、賃金や諸手当を固定化したとの公正取引法違反の危険を逃れる。つまりは、労組支持の政治家が、労使結託にお墨付きを出すようなものだ。両社は労働組合と休戦状態を維持することで、カリフォルニアの労働法を撤回させるために住民投票に訴えたような方法は避けたいという意向が見える。全ての会社が同一の労働組合ルールに従うことで、大手が小規模の会社に対して優位を保てることにもなる。

 被害者は中小規模の会社だけではない。自由な勤務時間を必要とする独立契約労働者も被害者である。また、労組結成が会社コストの増大や勤務の硬直化で料金の高額化を招くとすれば消費者も被害を受ける。大手企業と大手労働組合、そして大手政府が一堂に会するときの結果は総じて良いことはない。

 以上が産業界を代弁し、労働組合には批判的な立場のWSJ社説だが、ギグワーカーの法改正に新たな展開を見せるニューヨーク州の動きを解説している。しかし筆者は別の観点から、この問題を見てみたい。

 ギグワーカーはネット経由で単発の仕事を請け負う独立契約の労働者とされるが、通常の従業員が受ける労働法の保護対象とはならず、最低賃金や8時間労働、割増残業代、失業保険などの規制もない。
 他方、勤務時間などは労働者自身が自由に決める。代表的なギグワーカーとしてはウーバーの運転手やウーバー・イーツの食品配達労働者があるが、単発契約のミュージシャン、水道工事労働者など多数が存在する。
 ある調査では、ギグワーカーの割合は2005年の10.1%から2016年には24%に急増し、「特に2020年のパンデミック後の11月には35%に激増した」(Forbes)との報告もある。

 カリフォルニア州ではこうした労働者を保護するため、2019年に従業員資格を与える法改正がなされていたが、労働者は独立契約労働者だと主張するウーバーやリフトなどの会社が2020年に住民投票に訴え、住民59%の賛成で法律は無効とされた。

 その住民投票の際にウーバー社のコスロシャヒCEOはニューヨーク・タイムスへの意見欄で「労働法には従業員、独立契約労働者という区分の他に、ギグ労働者が希望する自分のスケジュールに合わせた柔軟で自由な労働を可能にする第3の区分が必要だ。労働者への待遇改善を図りつつ、週40時間などの規制に縛られない運用を可能にする労働法が必要だ」と主張した。
 他方では3月、英国最高裁が「ギグ労働者は従業員(被用者)と独立契約者の中間に位置する
“ワーカー”であると区分して賃金保障、有給休暇、年金制度など一定の手当を義務付けた。」(3月21日 ニューヨーク・タイムス)
 最高裁判決の後、「英国ウーバーは労働条件改善を約束したが、その後、英国一般労働組合(GMB 62万名)による同社7万名運転手への組織化を容認することにした」(5月26日 ワシントン・ポスト)

 ここで見えてくるのは、新たな形態の労働者の出現と急速な増加に、現行労働法が対応できていない実態であり、新たな労働法の枠組みの必要性である。
 注目すべきは、ニューヨーク州での労使協議においてギグワーカーと会社のニーズにどのように合致した勧告が打ち出せるのか、また英国での組織化が実現した後、労使交渉による合意を経て、“ワーカー労働基準”がどのような内容になるのか、が注目点である。
 「ドイツのファウストのように悪魔に魂を売るのではない」、新たな労働形態に即応した労働基準確立に向けて、「労使相互の精魂を傾けること」だと理解して、両国での協議の行方に期待したい。

発行:公益財団法人 国際労働財団  https://www.jilaf.or.jp/
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