バックナンバー

No.633(2021/7/16)
バイデン大統領の労働経済学、そして賃上げによる経済政策

 4月の米国雇用が100万人という大方の予測を大幅に下回る266,000人に止まった。
 この点についてウオールストリート・ジャーナル(WSJ)紙は「バイデン大統領が続ける失業給付が失業者の復職を妨げている」として、「バイデン労働経済学者」と題する以下の社説を掲げた。

 バイデン大統領は失望的な4月の雇用について、「連邦失業給付に心配はない。問題があるとすれば、給付をさらに継続するかどうかだ」と述べたが、使用者側からは失業給付の継続で労働者確保が難しいとの声が上がっている。
 また労働省調査では740万の求人が満たされておらず、バンク・オブ・アメリカの経済学者からも年収$320,000以下の労働者は、働かずに失業給付金をもらう方が収入が多いとしている。
 しかし連邦失業給付は9月まで継続され、大統領は急速な雇用拡大には一層の政府支出が必要だとしている。意味するところは教師などの公務員採用だが、雇用政策の名のもとに政府支出が増大している。

 大統領はまた、雇用創出に向けて企業補助金と税金控除を掲げ、中小企業の従業員賃金助成を打ち出している。しかし今、経済が拡大する中での補助は却って成長を阻害し、労働意欲を阻害する。

 大統領は「公正な賃金が支払われれば、労働者は戻ってくる」と言うが、実質賃金は今年3月までの1年間で既に3.9%増加して、それに就職一時金も追加されている。
政府は雇用創出の原動力だという姿を見せたいようだが、働かずに済む給付金があれば、数百万人の労働者は働かない。(以上 WSJ)

 以上の社説の中でWSJが指摘するのが、景気拡大の中での政府補助金による労働意欲阻害の問題である。
 この点について5月7日のワシントン時事の報道は「3月まで就業者数は5か月連続で増加したが、4月の伸びは前月の77万人から大きく鈍化した。失業率も予想の5.8%よりも悪い6.1%であった。
 新型コロナウイルス危機を受けた経済対策とワクチン普及を受け100万人超の雇用増を見込む向きもあったが、企業の人材確保が難航している可能性がある。(中略)
 中央銀行に当たる連邦制度準備理事会(FRB) のパウエル議長は『完全雇用までは長い道のり』と強調している。景気回復を見込み、金融緩和の早期縮小観測もあるが、4月の雇用統計はこうした楽観論に影響する可能性もある」と述べている。

 政府補助金による労働意欲の阻害から雇用者数が減少したというWSJの指摘に対し、ワシントン時事は、雇用減少は完全雇用への長い道のりの過程に出たものであり、金融緩和の早期縮小には注意深い配慮が必要なことを示唆している。

 またここで筆者の注意を引いたのは、大統領の「公正な賃金が支払われれば、労働者は戻ってくる」とする発言と年収$32,000の金額。同時に思い出すのは昨年12月21日のJILAFメルマガに紹介した、ニューヨーク・タイムスの社説「経済政策として、減税でなく賃上げについて議論しよう」とする主張である。同紙は「減税政策がもたらした所得格差拡大の問題を指摘しつつ、賃上げによる購買力を原動力とする経済成長」を主張した。

 年収$32,000は年間の労働が2086時間として、まさに時給15ドルの水準にある。大統領がこの所得水準を維持することで、ここに企業体質を順応させ、民主党内の最低賃金引き上げ反対をも沈静化させようとする深謀がある。その上で、賃上げを柱として中間所得層の復活による経済成長を図ろうとする、バイデン大統領の老練な政策展開を感じる。

 企業の順応という点では、5月13日のワシントン・ポストが「パンデミック終息に伴う顧客増加と労働者不足の見通しが強まる中で、アマゾン、ウォールマート、コストコ、マクドナルドなどの大手企業をはじめ、多くのレストラン、ホテル、各商店において15ドルへの賃金引き上げが急速に進んでいる。他方、失業給付は9月で終わり、コロナの懸念縮小と学校再開による子供復学で多くの両親が職場に戻ることになることになり、労働者不足が緩和する期待もある」と伝えた。
 こうした波動を繰り返しながらも、賃上げが低賃金の南部地方を巻き込んで、何処までの広がりを見せるのか、“労働組合強化のための政府タスクフォース”の動きと共に、極めて注目されるところである。

発行:公益財団法人 国際労働財団  https://www.jilaf.or.jp/
Copyright(C) JILAF All Rights Reserved.