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No.619(2021/3/15)
アメリカの最低賃金を考える

 2月8日のウォールストリート・ジャーナル紙(WSJ)は「最低賃金15ドルの現実性について」と題する社説を掲げ、「民主党は最低賃金引き上げで、どれだけの若年・非熟練労働者を失業させれば気が済むのだろうか?」とする疑問を投げかけた。要旨は以下のとおりである。

 バイデン大統領は「政策の中心は雇用創出であり、全国民のために経済を成長させたい」と述べている。しかし2025年までに最低賃金を15ドルに引き上げる公約については、議会予算局(CBO)が1,400万の雇用が失われると推定している。
 失業の中心になるのは若年と低教育労働者で、その半数が職を失う。しかもこのエントリー・レベル労働者が依存するファストフードなどの商品やサービスの価格も上昇する。またCBOは、2031年までの財政赤字が失業手当や健康保険料への支出増加で540億ドル増大するとも予測している。

 低賃金労働者のうち雇用を維持出来た1,700万人は最低賃金引き上げの恩恵を受けるが、貧困レベルを脱出できるのは90万人に過ぎないとされ、最低賃金引き上げは経済の第一階段を昇ろうとする若年・非熟練労働者を犠牲にして成り立つことになる。

 もちろんこの数字は推定に過ぎないが、高額に思える最低賃金15ドルという設定は米国にとっての経済的実験である。サンフランシスコやマンハッタンなどの都市労働賃金を辺鄙な農村部のガス・ステーションにも押し付けようとするものだ。米国経済は各地における様々な生活水準、企業形態、労働力を反映した賃金体系による多様な労働市場で形成されている。20余りの各州では最低賃金が連邦最低賃金と同じ7.25ドルの水準にある。

 幸いなことに最低賃金15ドルの議会審議には難航が予想される。バイデン大統領は最低賃金引き上げを現在のコロナ対策予算(1.9兆ドル)の中でなく、独立法案とする意向のようだが、左派のサンダーズ議員は一括提案を主張する中で、ウエスト・バージニア州(WV)のマンチン民主党上院議員が「一括提案には反対」を表明した。WVの最低賃金は8.75ドルであり、しかも中位賃金(2019年}は15ドルをわずかに上回る16.31ドルという状況にあるからだ。

 以上が共和党側に立つことの多いWSJの社説だが、2021年の各州の最低賃金を見ると、ワシントンDC15ドル、カリフォルニア州14ドル、マサチューセッツ州13.50ドル、ニューヨーク州12.50ドルなどがあるが、低額な州にはジョージア州とワイオミング州の5.15ドル(公正労働基準法適用除外職種 )を最低に、連邦最低賃金と同額の7.25ドルは中・南部地方を中心に18州に上る。高額の最低賃金は民主党支持の各州に多く、低額な州には共和党支持が圧倒的に多い。

 最低賃金引き上げの報道には15ドルを目指す運動のものが多いが、州によってこのように大きな差があることに注視する必要がある。低額州の15ドルへの急速な引き上げは企業倒産と多くの失業を生む懸念もあり、連邦最低賃金引き上げには未だ多くの紆余曲折が予測される。

 共和党地盤のWVから選出されたマンチン上院議員は「民主党内でも最右翼とされ、共和党との協調を主張して、15ドルへの最低賃金引きげには消極的と言われる」(CNN)
 上院・下院の民主党勝利で一気に進むと思われた労働法の改定だが、共和党地盤で勝利した民主党議員にとって、地元の実情を無視した行動は取り難い姿が浮かび上がってきた。

 また、2月3日のWSJは「カリフォルニアに雇用の危機」と題する社説を掲げ、カリフォルニア州ロサンジェルス、オークランドなど数都市の市議会が、15ドルの最低賃金に加えてコロナ流行期間中の危険手当5ドルの追加支給を議決したこと、そのため大手スーパーマーケット・チェーンのKROGERがロングビーチの2店舗を閉鎖する事態の起きたことについて、警鐘を鳴らした。(以上WSJ)

 米国の最低賃金は、4年間のトランプ政権の元でも引上げ努力を続けた民主党優位州とそうしなかった共和党優位州との格差が益々拡大する傾向にある。失業を減少させつつ最低賃金の引き上げを目指し、各種差別や格差解消を目指しつつ全国民の団結を訴えるバイデン政権の前途には難問が山積している。

1 公正労働基準法は最低賃金や時間外手当を定める法律だが、適用除外職種とは企業役員や管理職、専門職、コンピューター、外勤営業職の週給や月給など固定給によるもので、関係機関の認定を得た職種を言う。

発行:公益財団法人 国際労働財団  https://www.jilaf.or.jp/
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