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No.578(2020/1/27)
シンガポールDBS銀行労使のデジタル化に対する取り組み

デジタルバンクの道を進むDBS銀行
 DBS銀行は、資産においてシンガポール最大の銀行であり、東南アジアでも最大の銀行である。資産の量だけではなく、世界的な金融専門誌「グローバル・ファイナンス」により「2018年度 世界最高の銀行」に選ばれている。その秘密は、銀行のデジタル化にある。DBS銀行の店舗を見学して驚くのは、ビデオ・テラー・マシン:セルフ窓口端末(VTM)である。部屋に入ると、ビデオがあり、ビデオの向こうでは職員が顧客の質問に答え、てきぱきと対応してくれる。そのため、窓口の人員数はかなり少ない。説明によると、「デジタル取引の顧客獲得にかかる費用は、伝統的顧客に比べて57%も低く、デジタル取引の顧客は、伝統的顧客に比べて16倍も多く自発的に取引を行う」(東洋経済4月18日号「メガバンクの先を行くシンガポールDBSの凄み:世界一のデジタルバンク、知られざる正体」)ということで、DBS銀行はデジタルバンクとしての成果を数字で示すことができているのだ。
 気になるのは、このデジタルバンク化への過程において、どのような人事政策が取られ、そのとき労働組合はどう対応したのかという点だ。

DBSスタッフ労組
 DBS銀行は1998年に、シンガポール開発銀行とPOSB銀行(郵貯)という二つの国営銀行の統合により設立された。労働組合も、二つの組織が統合し、DBSスタッフ労組となった。しかし、労働組合運動という面からは、POSB労組の色彩を色濃く持っている。POSB労組は、当時1,400人の組織人員を誇り、シンガポールでも重要な労働組合の一つであった。これに対し、シンガポール開発銀行の労組は統合直前の1997年に結成され、1,350人の組合員がいた。DBSスタッフ労組のノラ・カーン委員長はPOSB銀行の出身である。組織統合の当時、2,750人の組合員から出発したDBSスタッフ労組は、銀行の成長とともに組合員も増加し、現在では9,900人にまでなっている。
 この労組の基本路線は、シンガポールのナショナルセンターの方針に沿って労使協調である。実は、シンガポールには銀行員の産業別労働組合が一般職と上級職の二つあるが、DBSスタッフ労組はこれに加わらず、企業別組合として存在している。現在、一つの金融労連を作ろうという動きが保険労連を中心に進んではいるが、DBSスタッフ労組は加わる気は無いようである。

DBSスタッフ労組のデジタル化への取り組み
 DBS銀行にデジタル化の話が出てきたのは2014年からだった。そして、シンガポール政府は、2014年から「スマート・ネイション構想(*)」を開始していた。DBSスタッフ労組は、早い段階からデジタル化における新しい仕事を学び、それに伴う配置転換に対してもオープンに取り組む方針を掲げていた。よって、比較的スムーズにこのデジタル化の流れに乗ったといえる。例えば、2015年には、プロジェクト「未来のスキル」に取り組み、2016年「冬が来る」ワークショップの実施、さらには組合員の生涯学習の支援などにも取り組んできた。
 2016年8月DBS銀行は、「今後5年間でシンガポール国内の従業員1万人を対象にデジタルスキル向上プログラムを実施し、2,000万SGドル(約16億円)を投じる。」と発表した。2016年11月に従業員向け学習施設「ASIAX」を開館、そして2017年からデジタルバンク化は迅速に進んだ。
こう書くと簡単にこのプロセスが進んだように思えるが、伝統的な銀行をデジタル銀行に変えるのは困難であり、とりわけ従業員の意識改革が何よりも求められる。この意識改革を労使が協力して取り組もうとしているところに、DBS銀行労使の価値がある。
 「DBS銀行には古い文化がまだまだ残っている。デジタル銀行化はまだまだ過程だ。しかし我々は目標を持って取り組んでいる。」とレイモンドDBSスタッフ労組書記長は語った。DBS銀行では、常に労使協議が行われ、全ての政策は労働組合の了解のうえで実施されているという。
「労使関係の基礎には労働協約があり、労使協議は常に行われている。労使協議抜きには経営政策の実行はうまくいかない。組合員が反発するなかでの政策の実行はできない。」と同労組のノラ・カーン委員長は語った。
 DBS銀行労使は、労使協調を基礎とする労使関係をもとにデジタル銀行化への取り組みを進めている。そのなかで「学び方を学ぶ」という「リスキリング」の実施により、職員は様々な学習コースに参加する。例えば、窓口係からVTM(前掲)部に進んだラトナさんは、6か月の訓練を対面学習と職場での実践教育(O.J.T.)により受けたと言う。幅広い知識を持った職員がデジタルで顧客をより価値の高いサービスに誘導する取り組みだ。DBS銀行労使はさらに、労使のコミュニケーションを強化し、生涯学習を支援する取り組みの中で、さらなる職員の意識改革を進めている。

*スマート・ネイション構想:シンガポール政府が打ち出した政策で、情報通信技術(ICT)を積極導入し、経済や生活水準の向上を目指している。政府内には、この構想を推進するための機関として、スマートネーション・デジタル政府グループ(SNDOG)を設置。(1)国家センサー・ネットワーク設置、(2)国家デジタル身分証明システムの構築、(3)キャッシュレス社会の実現に向けた電子支払いの普及拡大、の3つを優先プロジェクトとして進めている。

発行:公益財団法人 国際労働財団  https://www.jilaf.or.jp/
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