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No.569(2019/10/21)
全米自動車労組(UAW)のストライキ

UAWのストライキの意味は大きく、GMのみにとどまらない

 9月17日のニューヨーク・タイムスはGMに対するUAWのストライキについて、グリーンハウス労務担当記者による標題の論説を掲載した。要旨は以下のとおりである。

 「ストライキの成功は次なるストライキを呼ぶ。」
 15日に始まったUAWの50,000名によるGMストは昨年のウエスト・バージニア州の教員ストを始めとして、オクラホマ州、アリゾナ州、ケンタッキー州、コロラド州、ロサンゼルス州のストに続くものであり、新たな成功の可能性がある。

 教員ストは一般国民の大きな支持を集めて指導部を勇気づけたが、その後の7,700名によるマリオット・ホテル・チェーンのストにも大きな声援が集まった。その後もニューイングランド州のグローサリー、ショップ&ショップ労働者30,000名のストがあったが、この時も住民たちの大きな支持が得られ、バイデン前副大統領など政治家も支援に駆け付けた。
 こうした住民の支持の背景には空前の企業利益とは反対に、長期間の賃金停滞と経済格差拡大の問題があり、好調な雇用と経済成長の成果が一般人に届いていない実感がある。連邦準備理事会 (FRB)の調査では40%の家庭が400ドルの不意の支払いが出来ないと回答している。

 また労働組合に関するギャラップ調査(世論調査)では、労組支持率が10年前の48%から64%に上昇して50年間で最高を示した。昨年のマサチューセッツ工科大学(MIT)の調査でも非組合員労働者の50%が出来れば労組に加入したいと答えたが、これは1995年の32%を大きく上回る。

 UAWディッテス副会長は今回のGMスト開始時に「我々は声を一つにして、組合員のため、一般労働者の労働基本権擁護のために立ち上がった。教員ストは賃金凍結への抗議だけでなく、生徒のため、教育予算増額や学級生徒数削減のため、古い教本を新しくするためのストライキだと教えてくれた。」と述べて、ストライキの意味がGMだけに止まらないとの認識を示した。

 多くの国民が工場の海外移転に怒りを表す中で、UAWもGMによるメキシコ移転を意図したオハイオ州ローズタウン工場の閉鎖に反対している。組合員は、雇用不安の増大を感じて、労働力の7%を占め、時給15ドルで働くパート労働者の雇用に反対である。

 2016年の選挙では、社会体制に怒りを覚える労働者の支持を集めてトランプが当選した。同様の感情がこのGMのストにある。GMは昨年世界で81億ドル、米国では過去3年間に35億ドルの利益を上げながら工場閉鎖を続ける。GMを倒産から救うため二重格差賃金など大きな譲歩を重ねた組合員が、これに怒りを感じるのだ。
 しかし、会社は「従業員5,400名の増員や米国工場への70億ドルの追加投資など大きな譲歩を提案している。」と言い、「目標は従業員と会社のために力強い将来を築くことだ。」と主張する。

 米国の歴史上、GMストは象徴的な出来事であった。1936-37年の2,000名によるフリント工場のストライキは、労働組合結成に結び付き、米国での労組結成の大きなうねりを造り出した。1945-1946年の175,000名による113日ストでは“デトロイト協定”と呼ばれる大幅賃上げと医療保険、年金が獲得され、他労組や他企業の見本となった。1970年、UAW組合員数が最高に近い時には、40万名の組合員は世界最大のGMに対し2か月のストを続けて大幅賃上げを獲得した。

 しかしそれ以来、労働組合、会社とも規模を縮小し、GMはフォルクスワーゲンのほぼ半分、UAWもピーク時の150万人から43万名に減少した。しかし企業から不当な扱いを受けていると感じる多くの労働者と最近のストライキの成功に勇気づけられた労組指導者によって、これからもストライキは続きそうである。

何故、労使は話し合いができずにいるのか?

 また、9月20日のワシントン・ポストは同紙メーガン・マカードル論説委員による論説を掲載した。要旨は次のとおりである。

 1994年、自動車業界を取材するジャーナリスト、ポール・イングラッシア氏は「惨状から立ち直ったアメリカのサクセス・ストーリー」を書いた。しかし16年後には、「栄光から破壊への米国自動車産業」という著作の中で「1980年―90年代、ビッグ3(ゼネラル・モータース、フォード、クライスラー)とUAW は繁栄を取り戻すたびに、その傲慢さに打ち負けて、古く悪しき習慣に戻っていた。聖書に言う後悔と改心、迷いの繰り返しである。」と書いた。彼が生きていたら、今回のGMのストを「またか」と言うだろう。

 今回のストライキには労使のどちらにも理屈がある。2008年にGMが倒産に陥った時、UAWは大きな譲歩を行ったが、今やGMは毎年数十億ドルの利益を計上するようになった。それなのに、報酬は安定的な賃上げでなくその場しのぎの利益配分が続いている。そして、従業員の間の給与格差、古いGMと新しいGM, 季節労働者、同じ仕事なのに多様な賃金体系、なぜ工場が閉鎖されるのか等の問題がある。

 他方会社は、再度の政府援助は望めないとして、2008年の経営危機の再来に備える体制整備の覚悟を決めている。採算の取れない工場を早期に閉鎖し、低賃金労働者を多く雇用、実績給への傾斜、高額に過ぎる医療保険の見直し。再度の倒産を避けるため、労働者のためにもこうした手段を打ちだしている。

 双方ともに理屈はあるが、何故話し合いができずに相手を傷つけ、痛みの多いストライキを選ぶのだろうか? その答えは「何時もそうだったから」ということになる。
 20世紀の如何なる時期にも、自動車の街デトロイトは2つの非友好権力者という冷戦状態を続けた。寡占業者と独占労働組合が中間に立つ消費者を犠牲にして争い、相手を打倒してパイを独り占めしようと試みた。そこには革新や品質改良、健全な事業の姿はなく、世界最大の市場を持つというだけで、数十年を無為に過ごした。

 それが変化したのは“利益の均衡を脅かす輸入車の出現”である。GMはトヨタと合弁で設立したヌーミ社(NUMMI: New United Motor Manufacturing, Inc.)の工場を立ち上げて、労使協力的な日本式実験に取り組んだ。しかし、この試みはいつも失敗した。それにはUAWの責任も大きい。1930年代に逆境に産まれ、流血の組織化を経験したUAWは過去を捨てきれず、労使協力を受け入れることが出来なかった。
 その後も幾多の変遷があったが、その間、労使関係は険悪化の一途を辿った。今回のGMストでも労働者の悪感情は消えていない。倒産の危機に際して払った犠牲に対してGMが報いるべきだとの感情が強い。
 ビッグ3は好況時には備えを忘れ、2008年危機の時には多くの雇用を犠牲にした。GMに必要だったのは短期間の解決策でなく、時間をかけた競争力のある原価と生産性の再構築、そしてその維持にある。

 倒産時には政府援助による500億ドルを得て、GMは負債を清算し、ディーラー網と生産ラインを再整備、原価を引き下げ、賃金を競争相手レベルに下げた。こうして企業数字は改善されたけれども、最も重要な部分である組立労働者との敵対関係は変わらない。この労使関係の修復が出来なければ、結局のところ、何も変わらないことになる。

発行:公益財団法人 国際労働財団  https://www.jilaf.or.jp/
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