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No.563(2019/9/27)
労働組合は組合保険を守るために国民皆保険に反対すべきでない

 8月28日のワシントン・ポスト紙は標題の社説を掲載した。米国では今、民主党大統領候補が選出を争う中で、医療保険制度が焦点の一つになっている。この社説は、ニュージャージー州立ラトガーズ大学、レベッカ・ギバン教授が執筆した。その要旨は次のとおりである。

 会社や組合の医療保険を持つ子供だけが通える小学校を想像してみよう。その馬鹿げて見えることを、今、我々はやろうとしているのだ。現在、民主党大統領候補選挙で起きていることは、交渉で獲得した優位の医療保険を守ろうとして国民皆保険に反対する労働組合、それに追随する候補者の歪んだ姿である。

 医療保険を政府管掌の国民全員でなく、雇用と結び付けたのは第2次大戦後の対インフレ政策であった。賃金凍結の行政命令により、企業は組合の賛成を得て医療保険の増額に走った.その後の労働組合は、組合員を引き付けるため、より高度な保険を求めるようになった。労使交渉が医療保険だけというわけにもゆかず、労働組合は職場の声、尊厳ある仕事、広範な経済利益の獲得を目指した。かたや多くの使用者が高額医療保険を提供して労組加入を阻止しようとしたケースも多い。

 医療保険への要求は強く、最近のバージニア州の教員ストでも医療費の高騰が焦点であった。医療費問題がなければ、賃上げや退職金などの増額要求に集中できるのだが、近年の医療費高騰のために、多くの労組が退職年金保険料の引き下げや少額の賃上げをあきらめて、医療保険の改善を選んでいる。

 しかしここで注目してほしいのは、政府管掌保険が出来れば使用者や労働者、一般国民すべてが最終的に費用の節約ができることだ。そこからまた賃上げと退職金増額の原資も生まれる。しかし実情は、医療保険が労働組合だけでなく政治家の落とし穴にもなっており、全体の経済よりも特定の団体構成員の利害にこだわる結果を生んでいる。

 最近、下院議会がオバマケアの高額医療保険課税(キャディラック・プラン・タックス)を廃案にした時、その保険を持つ労働組合が喜びを露わにした。しかし、国民皆保険にも高額医療が承認されて低料金ないし無料利用できるとなれば、労働者は医療以外の経済要求を強めることが出来る。
*オバマケア:国民の健康保険加入率を抜本的に高めるため、最低限必要な民間医療保険の加入を原則として義務化した法律で、オバマ大統領の時に成立したことから「オバマケア」と呼ばれている。民主党大統領候補の討論会でも、労働組合に追随する議員がバーニー・サンダース上院議員の提案を攻撃したが、これら議員も医療費要求が他の要求を犠牲にする点は意識しており、政府保険の実現が組合保険の消滅を意味することも承知している。
 今回は結果的にサンダース議員が譲歩して、全国労働関係員会(NLRB)の承認を条件に、政府保険に上乗せできる民間保険を提案したが、バイデン前副大統領が反対に回るなど、分裂が強まっている。

 労働組合と組合員は「自分の保険」にこだわらず、国民皆保険に賛成すべきである。
 ソリダリティ(連帯)をいうならば、労働組合員だけでなく全ての労働者が尊厳ある仕事、公正な賃金、上質の社会支援を受ける価値を持つという理解が必要である。先ずは全労働者の生活と健康改善が重要であり、その上に立って始めて組合員の賃上げや仕事の尊厳など、労使交渉の場を拡げるというビジョンと理解力を持つべきである。

 以上が社説の要旨だが、ここまで労働組合が国民皆保険に反対するのが驚きである。労働組合員は長年にわたり生活を切り詰めながら医療保険を守ってきた。その権利が明確な保証もないまま、安易に一般化されることに抵抗感を覚えるのは当然かもしれない。しかし、経済格差を非難し富裕者税を主張する労働組合だからこそ国民皆保険制度について、国民に受容され愛される姿を示し、熱望する労働運動の再生に展望を開いてほしい。アメリカ労働総同盟・産別会議(AFL-CIO)はじめ労組指導者が、強いリーダーシップを持って、政界への働きかけるのはもちろんのこと、産業界と話し合いを持ち、労使協力して国民全般の健康改善に尽力する姿を切望する。

発行:公益財団法人 国際労働財団  https://www.jilaf.or.jp/
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