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No.535(2019/3/5)
メキシコの最低賃金引き上げと新ナショナル・センターの誕生

 1月28日付ニューヨーク・タイムスと2月11日のワシントン・ポストは「メキシコと米国の国境地域の48工場(自動車部品、テレビ関係)でストライキが発生し、全工場で20%の賃上げが実現された。またメキシコ西部では2週間前から教員組合による鉄道占拠が続いており、鉄鉱石や自動車部品、石油、穀物の輸送が止まっている。労働組合に好意的なオブラドール新大統領政府は米墨国境地帯の高物価を認めて、この地域の最低賃金を倍額の176.72ペソ(9.28ドル)に引き上げたが、それに伴って労働組合の賃上げと最低賃金上昇率を同率とすることの問題が表面化した。また他の地域の最低賃金は102.68ペソに引き上げられたが、ひずみが出ている」と報道した。

 また2月13日のワシントン・ポストは「メキシコに新たな労働組合のナショナル・センターとしてILC(International Labor Confederation)が結成された。指導者はメキシコ鉱山労組会長で与党上院議員でもあるナポレオン・ゴメス・ウルティア氏。新組織には鉱山労組、電機労組ほか150の労働組合が参加している」と報じている。

 昨年12月に就任したオブラドール新大統領は早くから先住民の支援活動や消費者運動に携わり、メキシコ市長などを歴任しつつ、政治的には左派系の国民再生運動(Morena)を指導して、2018年7月の大統領選挙及び総選挙に勝利した。公約には犯罪と貧困の撲滅、汚職で疲弊した国の変革を掲げて、就任早々には国営石油企業と麻薬カルテルの結びつきを摘発した。労働政策については全ての労働組合の自主性を尊重し、労働組合の民主化と労働者の権利を促進するために政府が動く事を選挙中に宣言している。

 インダストリオール・ニュース(2018年8月20日配信JILAFメールマガジン512号)が「それは新しい民主的労働組合が政府と真の社会的対話が持てるという希望を与えた。メキシコの団体協約を支配している腐敗した労働組合、雇用主、政府当局の間で交渉された(中略)茶番の団体協約を終了させる事が出来る」と紹介したように、既存の労働組織に代えて新たな労働運動が誕生するという期待の中で、12年間のカナダ亡命から帰国したウルティア会長が新ナショナル・センターを発足させた。

 メキシコには、国際労働組合総連合(ITUC)加盟の労働者全国連合(UNT約200万人)とメキシコ労働者全国会議(CNT 約6千人)のの2組織の他、メキシコ労働組合連盟(CTM 約50万人)などの労働組合ナショナル・センターがあるが、CTMは従来の制度的革命党(PRI)政府支持、UNTには独立系の色彩があった。新組織のILCに参加した150労組名は不明だが、従来政権による迫害に対抗した鉱山労組と電機労組を中心にしており、オブラドール大統領の政治方針に賛同する労組が中心と思わる。

 また1月1日改訂の最低賃金だが、日本貿易振興機構(JETRO)情報には「一般最低賃金(日給)の16.21%増は購買力回復のベースアップと5%のインフレ分を加えた金額であり、国境地帯の最低賃金は移民流出を抑制する目的で倍増とされた」とある。そこで前述の“ひずみ”の問題だが、毎年の賃金交渉はメキシコ政府発表の最低賃金の上昇率に沿って行う慣行とされており、それが出来ない企業、特に賃金倍増の影響を受ける企業には大きな打撃となる。
 北米自由貿易協定(NAFTA)の廃止と、批准を待つUS・メキシコ・カナダ協定(USMCA)の下で、産業・企業の育成を目指すオブラドール大統領が労働政策と産業政策にどのような舵取りをするのか、その行方に関心を向けたい。

その中でも、特に注視しなければならない点が幾つかある。
 1つ目は、全ての工場で20%賃上げに合意したとされる米墨(メキシコ)国境地域の賃金だが、最低賃金上昇率を賃上げの目安とする従来慣行から言えば、20%ではその目安%に遥かに及ばない。各企業、労組はどう対応するのだろうか。

 2つ目には、従来は物価上昇程度に抑えられていた全国最低賃金の16.2%引き上げである。国境地帯賃金との格差の大きさから、全国的な賃上げの波は今後大きな広がりを見せると予測される。課題はこうした賃上げの波に耐えられる産業・企業の基盤育成、そしてインフレ対策であり、新大統領の経済政策が早くも正念場を迎える。

 3つ目には難民、移民の流出入問題がある。
 まず米国との関係だが米国連邦最低賃金は時給で7.25ドル、この最低水準にある米国各州は南部のテキサス、アラバマ、ジョージア、ニューメキシコなどを含めて21州である。
 一方、メキシコの最低賃金は時給でなく日給であり、日給9.28ドルと米国賃金には未だ大きな格差がある。だが、倍増の恩恵を受けるメキシコ住民たちの生活実感は格段に向上する。また20%賃上げにも将来に向けての大きな希望を抱かせるものがある。米国への移民流出にどれだけ抑制効果が生まれるのか注視したい。
 反面、懸念されるのは中南米諸国からメキシコへの難民、移民の流入である。現在もホンジュラス難民など数千人が米国を目指して北上を続けているが、さらにベネズエラの混乱などの深刻事態が増大した今、米国が国境閉鎖を強めるほどに、家計所得を増大させるメキシコを目指して難民、移民が流入する可能性を増すからだ。

発行:公益財団法人 国際労働財団  https://www.jilaf.or.jp/
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