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No.517(2018/9/28)
労働者に見せかけのアメリカ・メキシコ暫定貿易協定

 前回メールマガジン516号では、「米・メキシコ暫定貿易協定は労働者にとって前進」というワシントン・ポストの論説(8月28日付)を紹介したが、9月2日のニューヨーク・タイムスは「見せかけ協定であり労働者に損害」とする論説(opinion)を掲げている。以下にその要旨を紹介する。

 北米自由貿易協定(以下、「NAFTA」という)は、アメリカ合衆国、カナダ、メキシコの3ヵ国によって締結されている自由貿易協定である。このNAFTAの再交渉を行っていた米国は、カナダとの合意を後回しにした形で、8月27日メキシコと2国間での合意に達したと発表した。

 25年を経たNAFTAが新たな技術進歩に対応し、知的財産権保護規定の更新や不公正競争からの労働者保護の必要性に迫られている中で、トランプ大統領が内容の曖昧な改悪的な協定をメキシコと結んだ。この暫定貿易協定は米国労働者に損害を与え、消費者物価を上昇させ、隣国諸国を激怒させるものである。

 トランプの世界観はカナダを友好国でなく米国の鉄鋼や自動車、酪農産業を破壊させる冷徹な敵国として見て、森林を伐採して木材を米国に運び込む悪魔と見る。同様にメキシコはテキーラや野菜、人民を米国に輸出し、高賃金の米国製造業の仕事を輸入する国となる。
 彼の解決策は今の事態をさらに複雑にさせ、実りは少ないとしか言えない。

 彼の暫定案では米国向け輸出の自動車の北米現地調達率を現行の62.5%から75%へ、自動車価格の40-45%は時給$16以上で製造されるとしているが、この賃金で働くメキシコ労働者はいないし、これからも無理であろう。そうなるとメキシコ製自動車は2.5%の関税を払う事になる。

 この暫定案によって、米国は自動車関連の雇用が米国に逆流すると想定するが、これは疑わしい。メキシコメーカーは米国の価格上昇による販売減少を避けるために関税分を負担すると思われる。そして車価格上昇という事になれば、生産を止めるだけだ。

 また、自動車については1994年のNAFTA発足以来、地球規模の調達網が構築され、それが低価格製品の国外への流出を招き、米国製造業から多くの雇用が奪われた。逆に米国内でもその調達網を利用し、リーマンショックによる労務コストの削減も寄与して、工場進出が進んだ。他方、メキシコは年々米国依存を少なくしている。これらの事は、暫定協定における雇用への影響の減少であり、暫定協定によってメキシコから雇用を取り戻すことにはならない。

 カナダについては、保護政策による牛乳価格の維持から酪農家が利益を受けていることで、トランプ大統領がカナダ酪農業を敵視している。しかし、カナダは米国政府による農業補助金を指摘して、自動車と引き換えに酪農に譲歩を迫るトランプ要求を拒否している。
 また、カナダは投資家対国家の紛争処理解決条項の撤廃要求にも反対している。この条項はNAFTAで損害を蒙った投資家が国家に損害賠償を請求できるとしている。カナダは、木材や紙製品にこの条項を活用してきた。この条項の撤廃により、関税が直接米国の木材価格の高騰につながり、米国の住宅建設が鈍化することになる。それで良い協定と言えるのだろうか?

 今の貿易戦争で、農家は大きな被害者であり、暫定協定でもそうなる。メキシコは、米国から金属製品に関税がかけられ、メキシコは米国のコーンと豚肉に関税をかけた。今回の暫定貿易協定で米国の農業は現状を回復するが、メキシコは既に他の供給先を探し出してしまった。
 カナダが譲らないとして、トランプ大統領による25%の自動車関税はカナダに痛手だが、カナダで操業するGMにも痛手となる。トランプはEUにも脅しをかけたが、EUは自動車関税の相互撤廃を提案した。しかし米国自動車の輸出増加を要求するトランプには不満である。ただ、輸入規制を強行すれば米国で20万の雇用が失われるといわれる。米国組み立ての自動車にはエンジンを含めて多くの輸入部品が使われているのだ。こうして価格は上昇、販売は減少する。世界の自動車販売を冷え込ませる政策は馬鹿げている。

 8月31日までのカナダとの合意に失敗したトランプ政権は「メキシコとの協定だけで行く」と議会に通告したが、カナダには今後30日間協定参加が出来るとしている。
 しかしカナダ外相は「自国に有利でなければ受けるつもりはない」として拒否、トランプは「議会の干渉なしに自分がNAFTA再交渉 を終了させ、状況を良くさせる」とツイートした。しかし良くなる事はない。議会が協定承認の権限を放棄する事もない。大統領はこうした不必要かつ邪悪な協定に超党派の反動があると知るべきだ。

 カナダ最大の民間労組、UNIFORのジェリー・ディアス会長が「石油、電気、水など米国に絶対必要な全てのものがあるカナダに闘いを挑む事は考え方、経済面でも意味がない」と言明した。

発行:公益財団法人 国際労働財団  https://www.jilaf.or.jp/
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